ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


戦後処理と建国祭の前夜

帝国暦九十二年 豊灯の月・森人の日(現代暦:五月中旬)

「はぁ……」

 三人のネトゲ中毒娘――ソニア、リリス、ユコは放心状態だった。

 数日間寝る間も惜しんでゲームをプレイしたが、結果はのんびりとプレイしていたように見えるラムリーザ(実は廃課金プレイヤー)に惨敗したのである。

「さてと……」
              
ラムリーザに惨敗して打ちひしがれるソニアとリリスとユコの場面
 ラムリーザは腕を組んで三人を見据えた。彼女たちは正直見るのも痛々しい。

「約束は守るわ、何でも言うことは聞く。もう好きにして……」

 これまでは余裕しゃくしゃくだったリリスが、力なくしゃべった。自分たちで言い出したことを有言実行しようとするところだけは、感心できると言えるだろう。

「好きにして」の範囲がどこまで許されるのかはわからないが、支配欲に駆られた人間なら嬉しがることは間違いないだろう。つまりラムリーザは、三人の娘から「何でも言うことを聞く」と言わせる、この状況を作り上げることができたのだ。

 これが、美人で妖艶なリリスの台詞である。もっとも、今のリリスは、荒れて乱れて無惨な状態で、ちっとも美しくないが……。

 ラムリーザは、まず着ているものを全部脱ごうか、とは言わなかった。この状況――というより設定されたルールでは、言われても従うしかないが、そこまで鬼畜に接することはできない。

「そうだな、まず三人とも姿見(全身鏡)の前に立って、自分たちの姿をよく見てみろ」

 そこでラムリーザは、まずはこの痛々しい状態を本人たちに知らしめてやろうと考えた。

 三人はフラフラと立ち上がって、鏡の前に立つ。そこに映った姿は……。

 ひどくやつれた姿。病気のような窪んだ目、顔には生気がなく、長い髪はボサボサに荒れ、制服はよれよれ。

 彼女たちは、それなりに自分の変わりようにショックを受けたようだった。勝負前までは気にも留めていなかったのだが、勝負が終わって我に返ったことで、自分たちの酷い状況に気づいたというか。

 リリスは、とりわけ自分の美貌に自信を持っていたのか、その度合いが強そうに見える。顔色も悪いし、目が赤いのも相まって、まるで吸血鬼だ。

 ユコに関しては、美しい人形が打ち捨てられたかのようで、まるで呪いの人形のようになっている。この状況だと、打ち捨てられた人形という表現がよく似合う。

 ソニアに至っては、ちっとも可愛くない。着こなしが雑になっているので、胸元からブラが少しはみ出している。よく風紀監査委員に捕まらなかったな、と思うが、この数日間、基本的に自分の席から動いていなかった。ただ単に風紀監査委員の目に触れなかっただけだろう。

「はい、状況がよくわかったのなら、こっちに戻ってきて座りなさい」

 先ほどまでよりもさらに呆然自失とした様子で戻ってくる三人。

 ソニアはいつもと同じようにラムリーザの隣に座ろうとするが、ラムリーザはそれを制して三人を向かいの席に並べて座らせる。

 力なくうなだれる三人を前にして、ラムリーザは言う。

「やれやれ、せっかくの美少女がもったいない……」

 わざとらしく大きくため息をついて続ける。

「何でも言うことを聞くって話だったな?」

 三人はうつむいたまま小さく頷く。

「そうだな、まず無茶なプレイはもうやめろ。というか、君たちがネットゲームをやるとどうなるかがよく分かったから、もうネットゲームはするな」

 弱々しく「……はい」と返事をする。

 約束を守るということだけは律儀なようだ。ラムリーザに完敗したことも、大きく作用している。

「それと、雑談部はやめろ。リゲルたちが、なぜ最近顔を出さないのかわかっているのか?」

「…………」

 この機に乗じて、音楽活動にも目を向けさせようとしてみた。ずっと軽音楽部としての体を成していないのが気になっていたのだ。

「まあ主に言いたいことはこのぐらいかな。わかった?」

「……はい」

「リリスもユコも、音楽好きなんだろ? リリスはギタリストを目指すとか言っていたのに、何をやっているんだ?」

「だって……」

「だって?」

「いや、なんでもない……ごめん」

 やれやれ、妖艶な美女も形なしだな、と改めてラムリーザは思う。つい先ほどまで強気だったリリスが、あっさりと押されている。

「そしてソニア。僕は明るく元気に笑っているソニアが好きなんだ。だがな、そんなやつれたソニアは嫌いだ」

「やめて! 嫌いだなんて言わないで!」

 目に涙を浮かべてソニアは悲鳴を上げる。

 その言葉は、数日間ゲームの音に麻痺していたソニアの鼓膜を、鋭いナイフのように切り裂いた。

 嫌い――。

 ゲーム内のステータスやランキングなんて、この一言に比べれば塵に等しい。彼女が本当に守りたかった「自分の価値」は、最強の装備でもレベルでもなく、ラムリーザの瞳に映る「可愛い自分」だったのだと再認識した。

 涙が頬を伝い、その雫がようやく数日分の乾いた視界を潤し、彼女を現実へとつなぎ止めた。

 ラムリーザは、まだ叫ぶ元気は残っていたか、と思ったが、優しく言ってやることにした。

「まあよい。明日からはまた以前の君たちに戻ってくれたら、僕はそれでいいんだ。あ、命令していいんだったな。元に戻れ」

「は……はい」

「明日、あー、確か明日は……」

 そこでラムリーザは思い出す。

 明日は「帝国建国記念日」で、学校は休みだ。そして、帝都シャングリラで「建国祭」が毎年行われている。大通りに屋台が並び、正午には凱旋パレードが行われる。

「明日は帝都で祭りがある。気晴らしに一緒に行こうか」

「……はい」

 今も命令が続いているな、とラムリーザは可笑しくなった。

 そこで、今の三人がどこまで命令を受け入れるのか、試してみようという悪戯心が生まれた。

「そうだな、可愛い姿が見たいから、ミニスカート着用で来ること」

「……はい」

 我ながら馬鹿らしい命令だとラムリーザは思ったが、こんなことまで受け入れるか……、と驚く。

 まあ、ソニアに至っては、ほとんどミニスカート姿しか見たことがなかったし、リリスも短いスカートを履いていたような気がする。

 ぬるいかと思ったラムリーザは、さらに無茶な要求をしてみた。

「下着は着けてくるな」

「…………はい」

「――ってのは冗談。安心しろ、僕は君たちを困らせる命令はしないから」

 さっきまでと比べて返事は多少遅かったが、受け入れた……。この命令ゲームはここまで過酷だったのか……とさらに驚き、少し怖く思ってしまった。

 実際のところ、ラムリーザは三人が文句を言ってくると思っていたのだ。そこで笑い話にして少しでも元気を取り戻そうと考えたのだが、当てが外れた。

 どうやらこの三人は相当参っているようだ。反発する元気もないのか、それともそこまで命令は絶対のつもりでやっていたのか……。

 困らせる命令はしないと言ったが、ミニスカート着用くらいはよいだろう。

 しかし、今日はこのままここにいても部活にならないだろうと判断したラムリーザは、最後の命令を出すことにした。

「今日はもう帰ってすぐに寝ろ。明日、朝十時に駅前集合だぞ。ああ、さらにもう一点。明日は元気な姿を見せろ。あと、清潔にしてこい」

「……はい」

「以上、命令は終わり。明日からは各自の意思で動くこと。それが約束を守る第一歩だからね」

 最後まで元気のない状態だったが、リリスとユコは返事をすると、そのままのそのそと立ち去っていった。

 まるでゾンビだ……。吸血ゾンビに、呪いの人形。ちょっと言い過ぎかもしれないが、今の二人には遠慮は無用だ。多少厳しくして反省させたほうがいいだろう。

 ソニアは、ラムリーザが帰らないのでまだ残っている。

 そして、何か言いたそうな悲しそうな目でラムリーザを見ている。

「さっき言ったことを気にしているのか? 元気に笑っていたら嫌いにはならないよ。僕は、明るく笑ってるソニアが好きだから、今の無理なペースは、その笑顔を削るんだ」

 そう言うと、ソニアは疲れた顔で無理やり笑顔を作った。多少引きつっているが……。

「ソニアも帰ったら今日はもう寝るんだぞ」

「うん」

 ラムリーザは立ち上がって、ソニアの肩に手を回して抱き寄せ、そのまま帰ろうとしたが、思わず跳ね除けてしまった。

「――っと、その前に風呂に入れ、まずシャワーだ。徹夜続きの匂いで、君の良さが隠れちゃうのはもったいないよ。清潔にしてから、ベッドに来るんだね。申し訳ないけど、今のソニアと一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしいし」

「…………」

 きついことを言われても、ソニアは言い返せずにうつむいてしまった。

 ゲームに熱中しているときは、ソニアは毎日テーブルで寝落ちするか徹夜していたので気にならなかったが、さすがに一週間風呂に入っていない娘と一緒に寝るのは遠慮したい、とラムリーザは思った。

 多少きつく言ってしまったが、これはこれでいいだろう。廃人化すると、ラムリーザはソニアのそばから離れていってしまうよ、と思わせることができれば、今後の行動もまともなものになるだろう、ということだ。

 

 ゲーム画面の光が消えると、部屋はようやく夜に戻った。

 あの悪夢のような数日間の電子音は遠ざかり、耳の奥の残響だけが小さく跳ねている。

 鏡の前で肩を落とした三人の背中を思い出す。あれで終わりにしよう。命令は二つだけ――今日は眠ること、明日は元気で来ること。

 明日はエルドラード帝国建国記念日。帝都の大通りに屋台が並び、鼓の音が合図になる。駅前十時、晴れてくれ。雑踏にまぎれて、ふつうの笑い声を取り戻せたら、それでいい。

 ゲームの勝敗なんて、ほんとはどうでもよかったのだと、明日の光の下で言える気がする。

 とにかくラムリーザは、久しぶりにソニアとともに眠ることができたのだった。

 石鹸の香りが微かに漂う寝室。

 隣に横たわるソニアからは、もうあの不気味な青白い光も差し込まず、焦燥を誘う通知音も聞こえない。聞こえるのは、十日ぶりに深く、静かに繰り返される穏やかな寝息だけだ。

 ラムリーザはサイドテーブルに置かれた自分のキュリオを一瞥した。画面を叩き割るような勢いで注ぎ込んだ莫大な金貨(課金額)の履歴がそこにはある。

「……ちょっとやりすぎたかな」

 苦笑いと共に電源を落とすと、部屋は完璧な闇に包まれた。画面の中にはない「体温」を確かめるように、ラムリーザはソニアの温かい手を闇の中でそっと握りしめた。

 デジタルな数字の世界が溶けて消え、二人の時間はようやく、一秒を一秒として刻み始めた。