ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


視線だらけのステージと、騒がしい邪魔者

帝国暦九十二年 黄金の月・太陽の日(現代暦:六月上旬)

 帝都にて――。

 夜になって、シャングリラ・ナイト・フィーバーに少しずつ客が入り始める時間になった。

 ラムリーザはジャンに頼み込み、今日の本演奏が始まる前に少し時間をもらうことにした。そこでリリスを慣らしつつ、彼女の様子を観察しようと考えた。普段の演奏配置では、ラムリーザから見えるのはリリスの後ろ姿くらいなので、今日はもっと近い位置から見ることにしたのだ。

「お集まりの皆さん、今日は懐かしい人がやってきましたよ。どうぞ!」

 ジャンの紹介を受けて、ラムリーザはリリスを連れてステージを進んでいった。今日はソニアの出番はないので、舞台袖で待機してもらっている。そしてこの時も、ラムリーザはリリスの様子をそれとなく観察していた。

 ラムリーザについてステージを進むリリスは、いつものようにモデルめいた優雅な歩き方で、落ち着いている。彼女は、ラムリーザの視線に気づくと、にっこりと微笑み返す。

 ……普通じゃないか、とラムリーザは思った。

 やがてステージの中央まで来ると、ラムリーザは客席のほうを見た。ステージはそれほど高くないし、客席も離れていないので、客の視線も近い。よく見ると、懐かしい顔もちらほらいる。

「ラムリーザです。帰ってきました、お久しぶりです」

 最初は無難に、丁寧に挨拶しておく。挨拶しながらちらりとリリスの様子をうかがってみるが、彼女はじっとラムリーザの顔を見ているだけだった。そして、その表情に戸惑いはない。

「ラムリーザ、生きていたんだねぇ」

 客席からひやかしの声が上がったので、ラムリーザは「死んだら騒ぎになってるって」と突っ込んでおいた。

「で、この娘は誰? 無茶苦茶美人なんだけど」

「リリスっていうんだ、僕の新しい仲間だよ」

 客の関心がリリスに移ったので、ラムリーザはあらためて彼女を紹介した。

 リリスはラムリーザから目をそらし、観客のほうを向く。客の目は、リリスに集中している。

 その瞬間、リリスの表情が一転する。目を見開き、固まってしまう。

 そんな様子をじっと観察していて、ラムリーザはリリスが取り乱す原因をなんとなく悟った。

 これは、ただの緊張や経験不足ではないし、人見知りでもない。問題は、大勢の客の目だ。リリスは、自分に注がれるたくさんの視線に耐えられないのだ。

 そこでラムリーザは、そんなリリスの肩に手を回し、耳元で「がんばれ」と囁いた。

 リリスは、はっとしたようにラムリーザの顔を見て、少し情けないような顔をしたが、すぐに真顔に戻って客のほうに向き直って言った。

「リリス・フロンティアです、よろしく」

 だが、目が泳いでいる。まるで客の視線から逃げ回るように。

「すっげー美人。あ、ラムリーザ、ひょっとしてその娘は彼女か何か?」

「いや、それは……」

 ラムリーザは、慌ててリリスの肩に回していた手を引っ込める。

「そういえばいつも一緒にいたソニアはどうした? ソニアも最近帝都で見かけないけど……あ、やっぱソニアと別れて、その娘にしたんじゃない?」

「ええーっ、なんでなんでー。ソニアがいたから遠慮していたのに、別れたのなら教えてくれたらよかったのにー」

 それは女性客の発言で、その声の主はラムリーザの去年までのクラスメイトの一人だった。

「ダメダメ、その女は危険な香りがするわ、まるで男をたぶらかして操りそう。ラムリーザ、フリーになったのならー」

「あ、抜け駆けする気? せっかくあのうるさいソニアがいなくなったんだから、ラムリーザはあたしとー」

「いや、だから君たち、ね」

 ソニアがいなくなってしまったと勘違いしたのか、今度は女性客たちが騒ぎ出した。声を上げている娘たちは、みんな去年までの知り合いだ。

「とにかく、ソニアと別れたのだったら――」

 客のその一言が終わるか終わらないかのうちに、舞台袖で控えていたソニアが、慌てたようにステージに駆け込んできた。そして、スピーカーに繋がっている太いケーブルに足を引っ掛けて、ステージ中央に向かって派手に転んだ。
              
ソニアが、シャングリラ・ナイト・フィーバーのステージへ飛び出してきて転ぶ場面
 予想外の乱入者を前に、客席の女の子たちはぽかんとして、場が静かになった。

「いや、足元気をつけ――ううむ……」

 注意しかけていたが、ラムリーザは唸って口をつぐむ。胸が大きすぎて足元が見えていないという、ソニアならではの事情を知ってしまって以来、こういう時にかける言葉が見つからないのだ。

 ソニアは、うつ伏せに倒れたままの状態から身体を起こして、涙目で叫ぶ。いや、まずはめくれあがったスカートを直そう。見えてるぞ。

「別れてないわよ!」

 そんなソニアの滑稽な様子に、客席から笑い声が上がり、しんと静まり返っていた会場も再びざわざわとし始めた。

「あー、ソニアも久しぶりー」

「久しぶりー、じゃない! ヒュンナあんた、あたしがうるさいって?!」

「そんなこと言ったかな。ていうかー、ソニアあんたどこ行ってたの?」

「帝都を離れるラムについて行っただけよ」

「なんだもー、別れたのじゃなかったのか残念」

 ソニアはラムリーザの服を掴んで立ち上がると、そのままステージを下り、客席の女子たちへ近づいていきながら、言い聞かせるように力強く語る。

「と、に、か、く! あたしはラムと別れてない、リリスはラムの彼女じゃない! あれはただの魔女!」

 ソニアは腰に手を当て、胸を張ってきっぱりと言い切った。もっとも、そうするとその大きな胸はいっそう強調されるのだが。

「はいはい」

 ソニアにヒュンナと呼ばれた娘は、諦めたように両手を広げてソニアから目を逸らした。

 ヒュンナは静かになったが、次にその隣にいた娘がソニアに話しかけた。

「ソニアさぁ、去年は胸隠すような地味な格好していたけど、見せつけるようになったのね」

「え?」

「こんなにはだけさせて」

 その娘は、ブラウスに収まりきらないソニアの胸の上部を、ニヤニヤしながら触ろうとする。

「ちょっとさわらないでよメルティア! 制服なんだから仕方ないじゃない!」

「あー制服かぁ。リリスって言ったあの娘と同じ格好だね、胸以外」

 ソニアにメルティアと呼ばれた娘は、リリスを見て、それからソニアに視線を戻して上から下まで見てから言った。最後の言葉を強調して。そして次の瞬間、触ろうとするのをやめるどころか、おもむろにソニアの胸へ手を伸ばしにかかった。

「さわんな、ちっぱい!」

 ソニアはメルティアの手首を掴み、胸元から引きはがして睨みつける。メルティアは、今度は反対側の手をソニアの胸に伸ばそうとするが、そちらの手首もすぐにソニアに掴まれる。

 すると今度は、隣にいたヒュンナが、メルティアに加勢するようにソニアの胸に手を伸ばしてくるのだった。

「ちょっと、なんなのよもう!」

 ソニアは掴んでいた手を放して、二人から距離を取るために一歩下がる。だが、二人はニヤニヤしながら、さらにソニアに手を伸ばそうとした。

「ソニアちゃーん、揉ませなさーい」

「やっ、やだっ、やめてっ。助けてラム!」

 ソニアは助けを求めるようにステージを振り返ったが、頼みの綱は、すでにそこにはいなかった。

 

 ラムリーザは、ソニアが乱入してきたせいで当初の予定が狂ってしまったので、早々に舞台から引っ込んでいたのだ。

 リリスが取り乱す原因はわかったので、今日のところはそれだけでも収穫があったと考え、騒ぎ出したソニアはひとまず放置して、リリスと共にジャンのところへ戻る。

 前座は終わり、本演奏が始まった。照明の色が変わり、ステージから音楽が鳴り始める。

 数人の観客が謎の追いかけっこをしてはいるが、それ以外はいつも通りの風景が戻ってきている。

 ラムリーザは、ジャンに礼を言って帰ろうとしたが、ソニアが見つからないのに気がついた。

「あれ、観客席にいた友達と遊んでいたはずなのに、どこ行った?」

 テーブルが並ぶ広間を見渡すが、人が多くてよく見通せない。

 ラムリーザが二階席に上がって見下ろしてみようかと考えたとき、広間の影のほうから悲鳴が聞こえた。

「やだーっ、助けてーっ」

「あの声は、ソニア!」

 ラムリーザは急いで悲鳴が聞こえたほうに駆けていった。そこで目にしたのは……。

 

 壁際の薄暗い照明の下。酔った笑い声とベースの低音にまぎれて、女の子二人に捕まって遊ばれているソニア――。

 

 その光景に一瞬血の気が引いたが、状況を見て脱力した。

「……君たちは一体何をやっているんだい?」

 すぐに呆れて、先ほどまでの心配はどこかへ吹き飛んでしまった。

「あっ、ラム! ふええぇぇん……」

 ラムリーザの姿が目に入ったソニアは、メルティアとヒュンナを振りほどいて、涙声をあげながらラムリーザの後ろに隠れる。ソニアは制服を乱され、いかにも困りきった様子になっている。

「あら、ラムリーザ。ソニアが胸いじって欲しそうに突き出してくるのよねー」

「そーそー、それでさらに『ちっぱい』とか言って挑発してくるのよん」

「挑発してない、あたしは挑発なんかしてないよ!」

「わかったわかった、今日はもう帰るぞ」

「もう帰っちゃうのね、ばいばーい」

 メルティアとヒュンナの二人は、軽く挨拶してステージのほうに駆けて行った。そしてその後ろ姿に、ソニアはあっかんべーをするのであった。

「ねぇ、さっきの二人、何?」

 静かになったところで、リリスがおそるおそる尋ねてくる。

「ん、去年までいたこっちの学校でのソニアの友達。えっと、ヒュンナとメルティアだっけ?」

 ソニアは興奮していて答えないので、代わりにラムリーザが答えてあげた。ソニアが遊ばれているだけのように見えるが、仲が良い証拠だろう。ソニアは、いじられて輝くタイプ……なのだろうか。

「ふーん」

 リリスは、二人が立ち去っていったあたりを見つめながら頷いた。何を思っているのやらわからないが、じっとソニアのほうを見ている。

「さてと、明日も練習したいし、今日は帝都に泊まるぞ。リリス、家のほうに連絡を入れといたほうがいいかな?」

 そこでリリスは「問題ないわ」と言い、携帯端末で家へ連絡を入れた。

 ラムリーザも下宿先に連絡を入れ、今日は実家に泊まることを伝えた。

 

 この夜、ラムリーザの部屋でひと悶着あった。

 寝る時になって、いろいろと問題が出てきてしまったのだ。

 リリスの着替えには、ソニアのパジャマを一着貸してやることにした。身体の一部分を除けば、体形が類似しているので気にならない。これが逆だと、胸の関係で着られないものが出てくるかもしれないが、リリスが着る分には全く問題なかった。

 そしてラムリーザは、ベッドはソニアとリリスが使うといいと言って、自分はリクライニングチェアで寝ようとしたのだ。

 するとソニアは、無理やりチェアに乗りかかってきて、一緒に寝ようとする。

 ラムリーザが「二人でベッドを使いなよ」と言うと、ソニアは「それならあたしとラムがベッド使う。リリスは床で寝て」とか言い出すのだ。

 チェアは二人で寝るには狭すぎる。というより、ソニアはラムリーザの上に乗っているだけ。寝返りを打ったら、落下してしまうだろう。

 これでは危なっかしくて仕方ないし、ソニアも離れようとしないので、ラムリーザはめんどくさくなって掛け布団を手に取り、床の絨毯の上で横になった。絨毯は硬くなくふわふわしているので、寝るのに不都合があるわけではない。

 すると今度は、ソニアも掛け布団を持ってきて、ラムリーザの横に引っついてくる。

 この流れを見て、リリスは自分一人でベッドを使うのは申し訳なく感じたのか、先ほどまでラムリーザがいたリクライニングチェアに横になったのだ。

 

 目を閉じれば、視線はそこにはない。

 明日の練習で、その感覚をどうやってリリスに渡そうか――そんなことを考えながら、ラムリーザは眠りについた。

 明かりを消した暗い部屋の中で、柱時計が鐘の音で時を告げるころには、すやすやと寝息が聞こえていた。けれど、大きなベッドだけは無人のまま放置されていたのであった。