ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


歌姫たちの席取り合戦

帝国暦九十二年 黄金の月・守護者の日(現代暦:六月中旬)

「『迷宮と魔竜』っていうゲームのエンディングテーマ、『あなたの瞳に』の楽譜が完成しましたわ。皆さんはこのロールプレイングゲーム、クリアしましたかしら?」

 聴いた音楽を楽譜に起こせるのは、ユコが得意としていることの一つだ。彼女は、ゲームをしては気に入った音楽を、このように楽譜に書き出しているのだ。

 ユコは、新しい楽譜を鞄から取り出して机の上に置き、自分もリリスが座っている二人掛けのソファーに腰掛ける。

 ユコの左隣には一人掛けのソファーがあり、そこにロザリーンがいる。正面の二人掛けソファーには、ソニアだけが座っている。

 リリスは早速ボーカルパートの楽譜を手に取り、じっと眺めながら言った。

「ふーん、あの歌ね。リードボーカルは私に任せてもらおうかしら」

「この曲は、間奏部分に笛の音が入るんですの。ロザリーンのオカリナの出番ですわ」

「そう? それは楽しみね」

 すでにリリスは、「一人きりで歌った夜、あなたに聞いて欲しかった~」などと歌い始めていた。

 そんなこともあって、部室ではようやくまったりとした雰囲気が戻ってきていた。

 この三週間、練習に練習を重ね、ようやく一時間は演奏し続けられるほど、歌のレパートリーを増やすことができた。元々才能のあるメンバーが揃っていたのか、それともユコが楽譜を作成していたのがよかったのか、皆飲み込みがよく、次々にきちんと演奏できるようになっていったのだ。

 それに、当初出鼻をくじかれることになったリリスの場慣れしていない問題も……というより、幼少時のトラウマの問題も、数をこなすことで最近はようやく慣れてきたように見えた。
              
ラムリーザとリゲルが、部室の窓際に並んで雑談する場面
「いやー、意外となんとかなったもんだね、リゲル」

「うむ、あいつらが――とくにソニアがあれほどできるとは想定していなかったけどな」

 リゲルは相変わらず、さりげなくソニアを下げる。

 ラムリーザとリゲルはソファーには座らず、窓際に並んで立っていた。リゲルの弾くギターのアルペジオをラムリーザは聞いているだけだ。

「しかし、こういうのもいいな。リゲルの演奏を聞きながら、女の子たちが楽しそうに談笑――」

「ちょっと待って! 何勝手に歌い始めているのよ! 歌ならあたしが歌う!」

 残念ながら、まったりとした雰囲気は吹き飛び、とたんに騒々しい空気が部室を支配し始めた。

 ソニアは、リリスの持っていた楽譜を奪い取り、眉間にしわを寄せて眺める。これにはリリスも不満顔だ。

「ソニアあなたね、あのきらきらなんとか言うドキドキパラダイスのエンディングテーマをレパートリーに入れているんだから、ロールプレイングゲームのほうは私に譲ったらどうかしら?」

「そんなの関係ないもん」

「あなたは裏方に回って、黙々とベースを弾いてたらいいのよ」

「またその話? ちょっと、ラム!」

 ソニアは助けを求めるようにラムリーザのほうを見て言ったが、ラムリーザは申し訳なさげに肩をすくめただけだった。

 ここまでボーカルは、ソニアとリリスが半々になるように設定していたので、これ以上はどちらが歌うことになっても大差ないのである。二人のどちらが歌ってもいい以上、ラムリーザはこの場に干渉せず、二人の好きにやらせようと考えた。たとえ話がこじれても、曲のレパートリーはすでに十分にあるのだ。

 もっとも、喧嘩して仲違いするようなら仲裁に入るつもりではいたが、今の様子なら、いつも通りと捉えられる範疇であった。

「そうやってすぐにラムリーザに頼る。自分では何もできないのかしらね、くすっ」

「だったら!」

 リリスの煽りを受け、ソニアは手に持っていた楽譜を机の上に叩きつけ、「男なら腕相撲で決着よ!」と叫ぶと、今度は机の上に右腕の肘を叩きつける。木製の机に鈍い音が響き渡った。さすがソニア、男らしい。

「私、女なんだけど……」
              
ソニアとリリスが、腕相撲をする場面
 リリスは納得のいかない顔をしてため息をついたが、それでも右腕を差し出して、ソニアとがっちり握り合う。こうして、男と男の戦いが始まったような雰囲気になった。

「ユコ、合図お願い!」

「わかったわ、それじゃあ二人とも……、始め!」

「ふん!」「んっ……」

 ユコの合図で、二人は腕に力を込めた。

 リリスの憂鬱そうな表情とは対照的に、ソニアは笑みを浮かべ、力強そうな表情をしている。

 そして、結果はソニアの勝利だった。体格も同じくらいだから、緊迫した戦いになるかと思われたが、意外とあっさり勝負がついたのだ。

「やったー!!」

 部室にソニアの歓喜の叫び声が響き渡る。幸せいっぱい、満面の笑顔だ。

 それを聞いたリゲルは顔をしかめ、舌打ちしつつ、つぶやいた。

「何がやったーだ、ソニアのあほんだら……」

「え? 何だリゲル?」

「……いや、なんでもない」

 そんなリゲルの悪態を知らずか、ソニアは一人浮かれている。再び楽譜を手に取り、「歌うよ、歌うよ」と言いながら、リリスの目の前で振ってみせる。

「……まだよ」

 しばらく痛そうに右腕をさすっていたリリスは、静かに言うと今度は左腕をそっと机の上に置いた。

「何? 左なら勝てるって言いたいの?」

「試してみたらどうかしら?」

 リリスはくすっと不敵な笑みを浮かべ、ソニアを挑発する。

 ソニアはふんと鼻を鳴らし、今度は左腕を机に叩きつけ、再びリリスとがっちり握り合う。

「じゃあいくわよ……始め!」

「ふん!」「んっ……」

 再びユコの合図で、勝負は始まった。

 今回もリリスは憂鬱そうな表情を見せ、ソニアは笑みを浮かべている。だが、すぐにソニアの表情から余裕が消える。

「えっ? 何で?」

 ソニアが、そんなはずはないといった表情を見せた直後、今度はリリスが押し切って勝利をつかんだ。そして、ぽかーんとしているソニアを、リリスはにやりとして眺めている。

 

「ほう、ソニアは昔から力強かったけど、リリスもやるんだな」

 離れた位置から一連のやり取りを傍観していたラムリーザは、感心したようにつぶやいた。

「まあギターやっているから、多少は筋力がつくんだろう。それにリリスは左利きだろ」

 ソニアが負けたためか、なんだか嬉しそうな表情を見せながら、リゲルは答えた。

 

「インチキしたでしょ! 今絶対両手使った!」

 ソニアは、再び難癖をつけて騒ぎ出してしまった。

「私が審判してましたわ。リリスはそんなことしてませんの」

「ユッコはリリスの味方だ! ローザ、ローザは見てたよね!」

「リリスさんは普通にやってましたよ」

「ラム!」

 ソニアはラムリーザのほうを仰いだが、ラムリーザは首を横に振っただけで何も言わなかった。恋人としてはソニアの肩を持ってやるべきだが、グループのリーダーとしてはあくまで中立を保たなければならない。贔屓は人間関係の拗れを生み出してしまう。

「もう、何なのよぉ……」

「リリスは左利きですのよ」

「……くっ」

 結局のところ、胸以外は体格、筋力がほぼ同じぐらいのソニアとリリスだが、右利きと左利きの違いがある以上、腕相撲で平等に決着をつけようとしても、勝負がつくわけではない。

「仕方ないわね……、じゃあこれで決めようかしら」

 そう言って、リリスは鞄から何やらカードの入ったケースを取り出した。

「トランプ、ポーカーならルール知ってるかしら?」

「うん、知ってるよ」

「チップは――長くやっても仕方ないから二十枚でいいね。これが先になくなったほうの負けということで」

 そして二人は、カードゲームという他の方法で勝負を始めた。

 

 騒々しかった部室は一転して静まり返り、リゲルの弾くアルペジオだけが、心地よく響いていた。

「腕相撲にトランプか。やっぱり、あいつらは雑談部が似合ってるな」

 リゲルはフッと笑って独り言のようにつぶやき、ラムリーザに「どっちが勝つと思う?」と聞いた。

「ポーカーか、リリスの勝ちだな……」

 ラムリーザは、ポーカーに興じるソニアの表情を眺めながら答えた。ソニアと長い付き合いのあるラムリーザには、それがわかっていたのだ。だから、即答できたのだ。喜怒哀楽、表情豊かなソニアと、落ち着いた冷静なリリスとでは、ポーカーで勝負になるわけがない。

 リゲルのほうも、特に深い意味があって問うたわけではなかったようで、それ以上会話は続けずに持っていたギターを傍らに置くと、窓のふちに手をかけて外を眺め始めた。

 ラムリーザもそれに倣い、窓の外を向いて空を見上げた。西の空が赤く染まっている。

 そしてしばらくの間、部室に沈黙の時間が流れることになった。たまに、リリスの「降りるわ」というつぶやきと、「何でよ!」という声が響いていたが。おそらくソニアが、カードを見た瞬間、嬉しそうな顔をしたのだろう。

 しばらくして、ラムリーザはリゲルだけに聞こえるように、ぼそっと言った。

「リゲルってさ、ロザリーンと付き合ってるのか?」

「……さあな、親が決めることだ」

 リゲルは、何も感情を込めずに、ただ淡々と答え、ラムリーザも「そうか」と言っただけで、特にそれ以上追及しなかった。

 ラムリーザ自身、あの時ソニアを選ぶと決めなければ、そのうち親が縁談を持ってきて、どこぞの令嬢と付き合うことになっていたのだろう。ソニア以外の女性を選べと言われたら、ぶっちゃけ誰でもいいという気持ちもあった。

 そしてリゲルも権力者の息子なので、同じような立場なんだろう。だが彼にとって、ラムリーザにとってのソニアみたいに好意を持てる相手は現れなかったのだろうか。

 だから、少し聞いてみることにした。

「リゲルには好きな――」

「あーもうっ、信じられない!」

 ラムリーザの声は、部室に響き渡ったソニアの叫び声にかき消された。

 どうやらトランプでの決着がついたようだ。

「ほう、リリスの勝ちか、よいことだ」

 リゲルは部室内を振り返って、ニヤニヤしながら対照的な二人の様子を眺めていた。

 ソニアは「ふえぇ……」とつぶやきながら机に突っ伏していて、リリスは勝ち誇ったように楽譜を手に取り眺めている。

「あの感情表現豊かなソニアが、ポーカーで勝てるわけないって……」

 くだらない勝負の決着はついたのに、ラムリーザの中では、まだ終わっていない問いがひとつだけ残っていた。

 帝都でのライブまで一週間を切ったこの日、もう一曲レパートリーを増やせそうな流れになってきた。

 結局、「リゲルには好きな誰かがいるのか」というラムリーザがいちばん聞いてみたかった問いは、ソニアの叫び声にかき消されたままだった。今さら問い直すのも妙に気恥ずかしくて、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 リゲルが同じ天文部ということもあり、よく一緒にいるロザリーンのことをどう思っているのか、本当に全部「親が決める」で片づけるつもりなのか。

 自分はソニアを選ぶことで道をねじ曲げたが、リゲルはどこまで流れに身を任せる気なのだろう――そんなことが、心のどこかで小さな棘みたいに引っかかったまま、ラムリーザは彼の横顔をちらりと盗み見てしまうのだった。

 ライブまであと三日。