ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


教習合宿はじまりの夜、ひとりはさみしくて

帝国暦九十二年 盛歌の月・学匠の日(現代暦:七月中旬)

 今日から、自動車教習合宿に行くことになっている。

 ラムリーザとソニアの二人は、前日に準備していた着替えや日用品の入った鞄を持って、部屋の入り口で靴を履こうとしていた。

「ちょっと待て」

 ラムリーザは、ソニアがいつものようにサンダルを履こうとしているのを見て、ストップをかける。

 これから車の運転を習うのだ。さすがにサンダルはまずいだろう。

 暖かい南国というのもあって、年中素足で過ごせる環境でもあり、ソニアは普段から基本的に素足である。そして出かけるときも、主にサンダルやミュールなど、足が露出したものを好んで履くのだ。

 そして、これらの背景には、ソニアの靴下嫌いが根本にあったのだ。

 普段ならそれでまったく問題はないのだが、これからはそういうわけにはいかないだろう。だからラムリーザは、諭すように言った。

「車の運転を習いに行くんだから、靴で行こうね」

 そうは言っても、ソニアが持っているサンダル以外の靴は三種類だけだ。学校に履いていくローファー、屋外での体育の授業で使う運動靴、そしてパーティの時に履いていくパンプスタイプの靴だ。

 ラムリーザはソニアにローファーを差し出して、「これで行くように」と言った。

 ソニアは「むー……」と口を尖らせるが、ラムリーザの「これで行くか、キャンセルして留守番するかのどっちかを選べ」という選択肢を聞いて、しぶしぶ靴を受け取った。

「裸足で靴を履いていたら靴擦れするかもしれないだろ、靴下も用意しなさい」

 ラムリーザは、だんだんと自分は子供をしつけているのか? という気持ちになってしまった。

「靴下持ってない」

「嘘をつくな」

「だってほんとだもん。こっちに来るときに、今まで持ってたの一つも持ってこなかったもん」

 そう言われてみて、そういえばソニアの普段着は裸足以外見たことがないと思い返す。

「んー……そうだ。学校に履いて行ってるのがあるじゃないか、それで行こう」

「嫌だよ、あんな長いの」

「学校じゃないから持ち上げなくていいから。ほら、いくつか替えも鞄に入れる。早く履いて準備する。出かけるのにどれだけ時間かかっているんだよ、まったく……」

 ラムリーザは、ぐずぐずするソニアに、だんだんイライラしてきた。

「むー……」

 ソニアは不満げにぶつぶつ文句を言いながらも、ラムリーザがいら立っているのを察して、言うとおりに行動して準備を完了させた。

「……きゅうくつ。足の指が、どこにも行けないよぅ」

 裸足の解放感を知っているソニアにとって、それはまるで小さな檻に閉じ込められたような、もどかしい感覚だった。

 

 ラムリーザとソニアが待ち合わせ場所に指定していた駅前のバス停に着いたとき、二人以外のみんなはすでに集まっていた。

 ラムリーザが姿を現すと、リゲルがつかつかと近寄ってきて言った。

「おい、お前は早く来い。俺がハーレムみたいになって迷惑だ」

「いや、そんなこと言われても……」

 今日遅くなったのはソニアがぐずぐずするのが悪いのだし、リゲルもハーレムみたいな立場をもっと喜べ、などとラムリーザは思ったが、ひとまずは「善処する」とだけ答えておいた。

 以前、エロゲに詳しいと言っていたリゲルだから、エロゲの主人公まわりの環境には詳しいのだろう。

 その後、教習所行きのバスに乗り込んで、教習所に向かっていった。場所は町の西側にあるアンテロック山脈の中腹。そこに、自動車教習所があるのだ。

 その途中で、ラムリーザは前の席にいるリリスに話しかけた。

「リリス、今度暇なときに頼みたいことがあるんだけど。ソニアのことで」

 リリスは話しかけられたとき、最初はわくわくした様子で聞いていたが、ソニアの件だと聞いて、わかりやすく落胆した表情を見せた。

「いいわ、買い物かしら?」

「うん、サンダル以外の普段履きの靴を選んでやってくれ。あと靴下。ソニアの持っている衣類は、極端な偏りがあるみたいで困る……」

 リリスは、一言「いいわ」と答えて、前を向き直った。

 

 そして、いよいよ自動車教習合宿での生活が始まった。

 受付を済ませると、番号札のついた鍵を渡された。どうやらこれが個室の鍵なのだろう。

 ラムリーザが荷物を置きに部屋へ向かおうとしたら、ソニアに呼び止められた。

「ラム、部屋番号何番?」

「ん、402号室だけど」

「402……ん、ありがとう」

 何だろう。こんなところでも、部屋に遊びに来るつもりなのだろうか。

 与えられた個室はそれほど広くなく、小さな机とベッド、そして小さなクローゼットがあるぐらいだった。

「狭いな……」

 ラムリーザはそうつぶやいたが、世間一般から見れば普通の個室といえるだろう。ラムリーザが今まで暮らしてきた部屋が、普通以上に広すぎるだけなのだ。

 次に集まる時間までゆっくり休もうとベッドに転がってみたが、普段使っているのがダブルベッドなので、これもまた狭く感じてしまうのだった。

 

 この日の午前中は、映像授業が一つ、実技が一つだけあった。

 授業中、リリスのほうはユコが、ソニアのほうはラムリーザがそれぞれ監視して、きちんと聞いているかどうかの様子を確認していた。

 この二人は、授業を真面目に聞いていないという前科があったので、今回もまた試験の成績が悪いという結果になりかねないのだ。

 実技では、実際に車に乗って運転するのだ。最初はハンドルを切る感覚がつかめずに、縁石にぶつかってしまった。
              
ラムリーザが初めての運転に戸惑い、ソニアがそれを応援する場面
 ガリリッ、と縁石を削る嫌な音が車内に響き、ラムリーザはハンドルを握る手にぐっと力を込めた。

「(……やっぱりゲームみたいに、ボタン一つでリセットは利かないんだな)」
 
 だが、これは慣れていくしかない。教習所だから許されることだが、これを公道でやってしまえば大騒ぎになってしまう。

 フロントガラスの向こう、陽炎の揺れるアスファルトが、急に険しい道のりに見えた。

 そんな感じで、初めての運転に戸惑いはあったものの、とくに大きな問題もなく、みんな教習を無難にこなしていった。

 

 昼休み、ラムリーザたちは食堂で昼食を取っていた。

 そこで、ラムリーザが個室について思ったことを口にするより先に、ソニアの不満が飛び出した。

「あー、個室狭っ」

「黙れ、棚ぼた贅沢庶民」

 だが、すぐにリゲルの攻撃的な一言で一蹴される結果となってしまった。

「いやぁ、僕もそう思ったんだけどね」

「ラムリーザが思うのは仕方ない。だがソニアがそう思うのは贅沢だ」

「なんでよー」

「ところでさ、ラムリーザとかって、免許取る必要あるのかしら?」

 リリスは、ソニアの文句を遮ってラムリーザに聞いた。

「ん? なんで?」

「ラムリーザ様って自治領主様だから、運転手付きのリムジン乗ってるイメージですわ」

「ああ、将来はそれでいいけど、今は遊びたいだろ? 車があると行動範囲広がるよ」

 ラムリーザは、もう「自治領主」発言に突っ込むのは止めた。ユコは、勝手にどこか知らないけど自治領主夫人にでもなるがいい。

「俺はいずれ必要になるだろうからな」

 輸送関係の仕事があるリゲルは、将来車を使うことは多いだろう。

「私はとりあえず取っておくという形になるかなぁ」

 そう言ったロザリーンが、一番縁がないかもしれない。

 リリスとユコは一般人だから、持っておいて損はないだろう。ソニアは……うん、車を運転するとなると不安が募るのは、彼女に対する偏見になるのだろうか。まあ、持っておいて損はないだろう。

「とにかく、車があるとみんなで遊べる手段の幅が広がるよ」

「なるほどね」

 みんなラムリーザの意見に同意してくれたようだ。

 そして食事が終わり、次の教習の時間までみんなのんびりと過ごし始めた。

「ユッコはなんでお薬飲んでるの? どこか体の具合悪いの?」

 ユコが何か錠剤を取り出して飲み始めたので、ソニアが不思議そうに尋ねた。

「豊乳丸ですわ」

「ほうにゅうがん?」

「市販のバストアップサプリよ、ソニアも使ってみます?」

「い、いいよ。そんなおぞましい薬なんかいらない!」

 ソニアにとっては、冗談じゃないと言った類の薬、いや、サプリメントだ。

 現在すでに98センチ(J65)ある状態なのだ。

 胸の成長に関しても、去年の春の時点で90センチ(G65)、二年前で82センチ(D65)と、この二年間で驚異的に成長している真っ最中だ。一年で三段階ずつカップが上昇している計算になる。

 すでにこれまで着ていた服はすべて着られなくなり、ふわふわニットをだぶつかせて体型を隠していたこともあった。

 そんなソニアにとって、バストアップサプリというものは、恐ろしい薬そのものであった。

 

 

 初日の教習がすべて終わり、さらに夕食も終わり、ラムリーザは割り当てられた自室でのんびりとしていた。

 先ほどのとおり、部屋はそれほど広くないので、ベッドに横たわり、そのまま電気を消して眠りに落ちるのを待っていた。ただ、なぜだか知らないが、どこか物足りなさというものを感じていた。

 そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「こんな時間に誰だ? 開いてるから、どうぞー」

 カチャリと扉が開いて、誰かが入ってきた。だが、部屋の電気を消していたので、暗くて誰が入ってきたのかわからない。

 そこでラムリーザは、ベッド脇に置いてある電気スタンドの明かりをつけた。

 ソニアだった。

 彼女は少し悲しそうな表情でラムリーザを見ている。

「ん、もう寝る時間だぞ。こんな遅くに何の用?」

「ラム……」

 少しの間、二人は目を合わせたまま沈黙していたが、ソニアはすっと目を伏せる。そして、そのまま黙ってベッドに潜り込んできた。

 そして、ラムリーザにくっつくように身を寄せてきて、そのまま静かに寝息を立て始めた。

 すると同時に、ラムリーザの感じていた物足りなさが解消されたのであった。

 ラムリーザは、やれやれそういうことか……と二重の意味で思いながら、電気スタンドの明かりを消して眠りにつくことにした。

 窓の外では、アンテロック山脈を渡る夜風が、木々を静かに揺らしている。

 狭いシングルベッド。重なり合う体温と、耳元に届くソニアの規則正しい寝息が、部屋を満たしていた孤独をゆっくりと上書きしていく。

 ソニアはただ、いつもどおりに腕の中で眠っているだけだ。彼女のほうがよほど「ラムリーザ依存症」なんだろう、と思いながらも、そのぬくもりを悪くないと感じている自分もいる。

 狭いはずの部屋が、今は世界中のどこよりも、しっくりと馴染んでいた。

 ひとりよりも、ふたりがいい。