ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


作詞家になろうリトライと、合宿のお知らせ

帝国暦九十二年 紅炉の月・竜神の日(現代暦:八月中旬)

「ココちゃん!」

「誰?!」

 この日の朝食後、ラムリーザとソニアは、いつものように部屋でまったりしていた。そのとき、突然ソニアが誰かの名前を叫んだ。

 ラムリーザが驚いて振り返ると、ソニアは例のずんぐりとした丸いぬいぐるみを抱きかかえていた。

「えっと、そのぬいぐるみがココちゃんということなんだね?」

「いや、ココちゃんはぬいぐるみじゃない、クッション!」

「そ、そうか……」

 ラムリーザとしては、ぬいぐるみだろうがクッションだろうがどうでもいい。ただ、ソニアがクッションだと言うのなら、それに従うだけだった。
              
ソニアが、ココちゃんをソファーの上に放り投げた場面
 最終的にソニアは、怒ったように「クッションらしくしろ!」と言い放って、ココちゃんをソファーの上に放り投げた。今さっきまで可愛がっていたのに、なんだこの心変わりぶりは。

 そもそもソニアが不機嫌になるほど求める「クッションらしさ」とは、どんなものを指すのだろうか。ラムリーザは、一瞬ぬいぐるみとクッションの違いについて考えようとしたが、すぐにどうでもいい、という結論に到達して考えるのをやめた。

 ぬいぐるみ……? クッション……? どっちでもいいか。ココちゃんを放り出したソニアは、これまたいつものようにゲーム機の電源を入れ、格闘ゲームを始めた。テレビの前にぺたりと座り、ラムリーザのほうを振り返って言う。

「ラムもゲームしようよ」

「ああ、そうだな」

 ラムリーザはそうつぶやいて、テレビの前のソファーに座ってコントローラーに手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。

 テレビ画面には、ソニアの選んだ緑色の軍服姿の格闘家、アルタイルがこちらを恐ろしい表情で睨みつけている。ソニアは、またこのインチキくさいキャラを選択しているのだった。

「やっぱりいい、一人でやってろ」

 ラムリーザはソファーを離れ、テーブル席に移動した。そこで先日リリスが置いていったファッション雑誌を広げた。

「むー……ラムの臆病者!」

「言ってろ」

 ソニアは口を尖らせて抗議したが、ラムリーザはさらりと受け流して雑誌を読み始めた。うむ、これをソニアに着せてみたいな、とか思いながら。まぁ、可愛らしい服は、大きな胸のせいでたいていソニアには着せられないのだが。

 

 二人は、しばらくの間、それぞれ雑誌とゲームに没頭していた。

 と、そのとき、二人の携帯型情報端末キュリオが同時にメールの着信音を鳴らした。同時に鳴ったということは、グループメールだろう。

 ラムリーザがキュリオの画面を見ると、そこにはリリスからのメールが届いていた。内容を見ると、『久しぶりに学校行って部活しよう』とのことだったので、ラムリーザは『了解』と返事しておいた。特に断る理由もないだろう。

 テーブル席から立ち上がって、ソニアも誘ってみる。というより、同じ内容のメールが来ているはずだが、ソニアは戦闘中でメールは放置しているようだ。

「ソニア、部活だ。学校行くぞ」

「行かない」

「何だよ君は、ここのところ嫌がってばかりだな。そんなに部活でみんなに会うのが嫌か?」

「リリスとユッコは会ったばかり。リゲルは怖いから会いたくない。ローザは……」

「ロザリーンは嫌い?」

「ローザは真面目で優等生だから嫌!」

「それは自分が不真面目な劣等生だと認めていることになるぞ」

 ソニアは、ラムリーザに劣等生扱いされて口を尖らせた。

「いや、だって……学校行くってなったら、あの胸の入らないブラウス着たり、長くて鬱陶しい靴下履かなくちゃダメなんでしょ?」

「そんなしょうもないことで……」

 ラムリーザは、ソニアのしょうもない理由に言葉を失った。だが、すぐに発想の転換をして、ソニアを褒めてみようと考えてみた。嫌なものを嫌と思わせなければあるいは……。

「でもね、制服姿のソニアの胸元って、僕はセクシーでいいと思うよ。それに、なんだっけ、ニーソって言うのかな? それも可愛いと思うよ」

「えっ? そう思ってたの?」

 ラムリーザは制服に着替えながら「そうだよ」と答えた。

 ソニアは、ラムリーザにセクシーだとか可愛いだとか言われて、悪い気はしなくなった。そういうわけでゲームを切り上げて、もそもそと制服に着替え始めるのであった。

 

 登校中、ラムリーザはソニアの肩に手を回し、抱き寄せながら歩いている。真夏真っ盛りで日差しも強いが、暑さも気にすることなく二人はベタベタだ。

「今日もいい天気ねー」

「能天気かぁ」

「誰が能天気よっ」

「あれ、ちがったか?」

「暢気なのはラムのほうでしょ?」

「僕が暢気なら、君の胸は生意気だということになるぞ」

「何それー、ラムの頭とあたしの胸関係ないじゃん」

「暑いなー」

「ラムは暑いのにくっつく」

「違うな、暑いからこそくっつくんだよ」

「なんでよー」

 といった感じで、久々の登校だというのに、どうも生産性のない会話をしている。

 ときおりラムリーザはソニアに頬ずりしてみる。ソニアが「ほっぺちゅりちゅりちてー」と言うから(言ってない)やっているのだ。そんな感じにいちゃいちゃに夢中になっていて、後ろから駆けてくる二人の足音に気がつかずにいたのだった。

「おはよ」「おはようございます」

 二人の女生徒が現れ、挨拶してくる。リリスとユコだ。

「ひゃうっ」

「おはようさん、今日も二人とも美しいねぇ」

 ソニアはびっくりしたが、ラムリーザは落ち着いてお世辞まじりに挨拶を返した。

 ラムリーザは二人が現れたので、ソニアの肩から手を離す。二人きりの時と、そうでない時の在り方をわきまえて、切り替えているつもりなのだ。後ろから見られていたから今さら遅い、とは言わない。

 そしてソニアは、二人が歩きながら読んでいるゲーム雑誌を覗き込むように、二人の間に首を突っ込んでいる。

「何かおもしろいゲーム出たー?」

「ヒラップーっていうパズルゲームが出たみたいよ」

「パズルゲームかぁ……」

 ソニアは、パズルゲームはそれほど興味はないようだ。

 そしてラムリーザは一人、雑談しながら歩く三人の後をついていくのであった。ついでに、ヒラップーというパズルゲームをやってみたいな、などと考えていた。

 

 ほぼ一ヶ月ぶりの軽音楽部の部室である。

 集まったメンバー六人は、いつものように部室中央にあるソファーセットに腰掛けて一休みしている。ただし、一ヶ月ぶりだというのに、特にいつもと変わらない。

「なんだか一ヶ月ぶりって気がしませんわね」

「まぁね、毎週ライブで会ってるし、自動車教習合宿の時もこんな感じだったからね」

「今日は何をしようかしら?」

 誘ってきたリリス本人は、特に何も考えずにメールを発信したようである。じっとラムリーザのほうを見つめている。まぁ、集まるのは悪くないのだが。

「みんなどうぞ考えてて。私は演奏して雰囲気づくりを担当しますわ」

 ユコはソファーから立ち上がると、持ってきたキーボードを準備して、音楽を奏で始めた。このキーボードは、先日リリスの誕生日に、帝都の楽器屋で購入した新しいシンセサイザーだ。ギターの音を出したり、ストリングスの音を出したり、いろいろと音を変化させて弾いている。

「せっかくだから、自作の歌を作りませんか?」

 ロザリーンは提案した。だが、歌詞作りとなると、この前の自動車教習合宿で試しに書いてみたものを、ユコに「使えない」と言われたばかりだ。

「うーん。みんなでこの前の合宿の時に作った歌詞の、良いところだけ抜き取って組み合わせるとかしたら、なんとかならないかな?」

 ラムリーザは、楽譜の入ったユコのファイルから、あのときの歌詞を書いた紙を取り出しながら提案してみる。てっきりもう捨ててしまっていると思ったが、ユコはそのまま保管していたようだ。

 ユコは、シンセサイザーの演奏を中断して、ソファーに戻ってきた。そして「やってみる」と言って、五枚の紙を眺め始めた。

 だが、リリスの歌詞は、ただゲームの台詞を抜粋しただけだから使いものにならない。ソニアの歌詞は、電波ソングすぎてどうしようもない。ラムリーザの歌詞は、天国のくだりを何とかすれば、得体の知れない気味悪さは消えるかもしれない。しかし、ロザリーンの歌詞はただの料理レシピだし、リゲルの歌詞に至っては、ユコには理解できなかった。

「やっぱり無理……宇宙、やばい……」

 ユコは力なくつぶやき、リゲルはその様子を見て「ふっ、無学め」と軽く笑う。ユコは「ぷんっ」と鼻を鳴らしてリゲルから顔を背け、再びシンセサイザーをいじり始めた。

 いろいろと音を作り出せるようで、音を出しては調整を繰り返している。

「そこを何とかするのよ、任せて」

 リリスはそう言って五枚の紙を並べると、新しい紙を用意して、歌詞のミックス作業に取り掛かった。ゲームの台詞を抜粋した歌詞を作ったリリスは、今度はみんなの歌詞を抜粋して作り上げているのだ。

 ラムリーザは、リリスの作業の様子をじっと見守りながら、隣に座っているソニアの長い青緑色の髪を、手に取ってさらさらさせていた。

 その時、突然部室内にドラムの音が鳴り響いた。

 ラムリーザは、ついにユコがいざというときの自分の代役を務めてくれる気になったか、と思った。だが、振り返った目の先、ドラムセットは無人だった。

 今、部室内で演奏しているのはユコだけだ。そう、ユコがシンセでドラムの音を鳴らしているのだ。

「え? ユコ、それ何?」

「それ? ああ、これですね。このシンセでドラムの音を出せるみたいですの」

 ユコはラムリーザの質問に答えると、今度はちゃんとした8ビートのリズムを弾き始めた。それから、「あ、これなら」とつぶやいて、以前ラムリーザが叩くことのできなかった『奇跡の大海原』のリズムパターンを演奏しはじめた。

「ラムリーザ様、これならフロアとリムを叩きながら、ハイハットを連打できますわ」

「ん、その曲はユコにドラムを任せよう。僕はトライアングルでも叩いておくよ。しっかし、最新のキーボードは高性能だね」

「ええ、これでしたらラムリーザ様の代役を務めてみせますわ」

 ユコは得意げに力強く答えた。しかし、そうなると気に入らない人が一人いる。

「やだよ! ラムのドラムじゃないと、あたしベース弾かないよ?!」

「どうぞご勝手に。それじゃあソニアはカスタネットでもお願いしますわ。それとも鈴がいい?」

 ソニアの文句に、ユコはいろいろとリズムパターンを変えながら挑発行為で返した。騒ぎになるということを理解していないのだろうか。いや、わざとか?

「だったらマラカスにする! マラカスでユッコの頭を叩きまくって演奏する! チクチキブン、チクチキブン!」

「落ち着けソニア。ユコがドラムやる時は、僕が何らかの理由で仕方なく参加できない時だよ」

 ラムリーザは、いきり立つソニアを抱き寄せ、再び髪をさらさらさせながら落ち着かせた。

 だがソニアは、「ラムが出られない時は、あたしもラムが出ないからという理由で出ないから!」と言い出す始末である。なんて我侭な……。

「あのなぁ……」

「お静かに――」と、そこにリリスが口を挟んできた。「――できたわ」

 その言葉を聞いて、ユコはドラムを弾くのを中断してソファーに戻ってきた。そのままユコは、リリスから歌詞の書いた紙を受け取って読み始めた。

 

これは私の物語
天国ではすべてが上手くいく
宇宙は光のエネルギーに満ちた火の玉、ビッグバンになった
 
ねぇ 一緒に素敵な夢を見ようよ
私はもう笑っているわ
そのうちなんとかなると思っていればいいのさ
 
みなさんいいですか?
一ミリのビーズが 一秒の一兆分の一の一兆分の一の百億分の一の間に広がるぐらい
私の愛は 限りなんてありえないの
 
そのうちなんとかなる
多目のオリーブオイルでしっかり両面焼きましょう
時の流れに身を任せているだけでいいのさ
 
青い空 広い海 コンドン・ブルーの出来上がり
こんなのでいいの? いいですとも!
これで世界は自分だけのもの

 

「余計わからなくなりましたわ……。そもそもストーリーになってませんし……料理とか宇宙とか混ぜたってダメですわ……」

 ユコは、落胆したかのように机に突っ伏してしまった。素材がダメだと、どう繕っても微妙なものにしかならない良い例である。それでもなぜかユコは、新たに仕上がった歌詞を、丁寧に保管するのであった。

 

 しばらくそろって演奏の練習をした後、一同は再びソファーに集まっていた。今でも結局半分は雑談部なのかもしれない。リゲルも雑談を聞いてくれるようになったし、これは朱に交わったということだろうか。

「もう夏休みも半分以上終わったね」

 夏休みも残り二週間ぐらいである。いや、まだ二週間あるとも言えるか。

「ラムリーザ様たちって、別荘とかないんですの?」

 ユコの問いに、ラムリーザはさらりと「あるよ」と答えた。さらにリゲルとロザリーンも「ある」と答えたのだった。

「な、何このブルジョア集団……」

 その反応に、リリスは絶句したのである。

 しかしラムリーザは、うちの別荘に行くならもっと前から準備が必要で、すぐには行けないことを説明した。

「なぜですの?」

「南海の孤島なんだ」

 行くなら、夏休み中そこで暮らすぐらいの規模のものにする予定でもあったのだ。

 ロザリーンも家に連絡していたようだが、今は親戚が使っているとのことだった。

「じゃあリゲルさんのところはどうですの?」

「少し待ってろ」

 リゲルはソファーから離れて、どこかに電話を掛け始めた。同じく別荘の使用状況を確認しているのだろう。

 しばらくして、リゲルは電話を終わらせてみんなのところに戻ってきて言った。

「喜べ。ソニア以外なら使っても良いそうだ」

「ちょっと何でよ!」

「うちの別荘は静かな場所なので、声が百万ホーンを超えるうるさいやつは使用禁止なのでな」

 リゲルはにやりと笑って、ソニアの怒声に対応した。百万ホーンを超える声って、いったい何なんだろうね。なんだか宇宙が一瞬で消滅しそうだ。

 冗談はさておき、リゲルが別荘の管理人に連絡を取ったところ、すぐに使えるようにしてくれるとのことだった。さらに、家で使う業務用バンも用意できるとのことで、移動手段も問題ないと言った。

 別荘は、人里離れた山中にあり、交通の便はなく自分たちで自動車を使うしか、行く手段がなかった。これで、ラムリーザがこの夏休みに入って早々に、車の免許を取ろうと言い出した意味も出てきたというわけだ。

「それじゃあ明日はキャンプ? 合宿? の準備に当てるとして、明後日出発ということにするね」

 ラムリーザの締めで、今日の部活は終了したのであった。

 部室を出て廊下を歩きながら、ラムリーザはなんとなく今日一日を振り返っていた。

 朝はココちゃんをクッションだのぬいぐるみだのともめながら放り投げて、ソニアは相変わらずゲームばかり。

 そのままなんとなく呼び出されて学校へ来てみれば、部活らしいことをしたのかと言われると、歌詞で遊んで、雑談して、最後は合宿の予定を立てただけだ。

 それでも、六人が同じソファーに集まって、くだらない歌詞を真面目な顔で読み上げたり、新しいシンセの機能を試したりしているのを眺めていると、こういう時間こそがいちばん「部活」らしいのかもしれない、とも思う。

 リゲルが雑談に付き合うようになったのも、よく考えればけっこうな進歩だ。

 明後日には山の中の別荘で、今度はキャンプだか合宿だかよくわからない騒ぎが始まるのだろう。

 朝になったら、ソファーの上のココちゃんも拾い上げて、ソニアの荷物に放り込んでおこうか――ラムリーザは、そんなことをぼんやり考えながら、部室のドアに鍵を掛けたのだった。