ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
引き合わせのつもりが、まだ話は始まっていない
帝国暦九十二年 紅炉の月・詩歌の日(現代暦:九月上旬)
約三十日に一回の頻度で、週末にオーバールック・ホテルでパーティーが開かれる習慣になっている。
最初は地元有力者の子息が、高校入学前の顔合わせを目的に企画したものだが、思ったよりも好評だったため、定期イベントとして定着した。今では社交の場として機能している。
そこには、ラムリーザとソニアも参加していた。
ラムリーザにとっては久しぶりのパーティーだった。
これまでは三回参加していて、最初の二回は入学直後に親と一緒に自家用車でホテルまで向かった。初夏にはホテルまでの路線が開通したこともあり、そのときはリゲルの計らいで汽車で向かった。
夏休み前の定期試験の直前はパーティーが中止になり、夏休み中は自動車教習合宿に行っていたので参加していなかった。
こういった具合に、絶対に参加しなければならないというイベントではないが、社交の場として他の生徒の参加率は意外と高いようだ。
さて、今回は汽車で行くか車で行くかという話になった。自動車を運転できるようになったので、移動手段が増えたのだ。
そこで、リゲルの提案で車で行くことになった。リゲルは、自家用車の「ビートル」という、丸っこくてカブトムシを連想させるような車を気に入っていて、いずれは自分のものにしようと考えているようだった。
乗る席は決まっていた。
自分の恋人以外の女性は助手席に乗せないというリゲルの信念により、助手席にはラムリーザが座ることになった。ソニアとロザリーンが後部座席に乗ることになった。
車を走らせると、すぐにソニアが前の座席に身を乗り出してくる。いつものミニスカートと違い、ロングドレスということもあって、下着が見えかねない危うさはない。しかし、大きな胸を突き出すという行為には変わりはない。
たゆんたゆんと揺れる胸が目の前にあっては、リゲルのような冷静な者じゃなければ、運転を続けることは精神的に困難かもしれない。
何しろ顔の横で胸が揺れているのだから、迷惑この上ない。というより、視界が落ち着かない。
今回もソニアは「ロックミュージックをかけて首を振りながら行こうよ」と提案したが、リゲルはすぐに古典音楽をかけてまったりとした雰囲気を作り出した。
ラムリーザとロザリーンは和んでいたが、ソニアだけは、むーんと不満そうな顔をしていた。
ラムリーザには、今回のパーティーに目的があった。
それは、リゲルの父にロザリーンを紹介してみるというものだった。
夏休みのキャンプで、ラムリーザはリゲルから去年までの話を聞くことができた。それは、去年まで付き合っていた彼女と、身分が合わないという理由で親に無理やり引き裂かれたという話だ。
それはそれで酷い話なのだが、いつまでも過去に囚われていたのでは前に進むことができない。
そういうわけで、最近リゲルと仲の良い、首長の娘であるロザリーンを紹介してみるのだ。これならば、身分が違うなどと言われることはないだろう。
ホテル前に到着して、会場へ歩いて向かう途中、ソニアは段差に足を引っかけて前のめりに転んでしまった。
「いいから!」
ソニアは、心配して駆け寄ろうとするラムリーザを制して言った。多少投げやり気味な調子が混じっている。
「足元ちゃんと見ろよ」
リゲルは笑みを浮かべて、無理難題を投げかけた。ソニアは、胸が大きすぎて足元が見えないのだから、無理な話だ。
「ちゃんと見てるわよ!」
すくっと立ち上がって、できもしないことを、やけくそ気味に言い放った。しかし……。
「あ、そこ溝……」
ラムリーザが言いかけたが、間に合わなかった。
足元の見えないソニアは、無造作に溝に足を踏み出した。
「えっ? な、何これ?」
突然足元の地面がなくなったように感じて、ソニアは慌てふためき、尻餅をついてしまった。ラムリーザが軽くため息をつく横で、リゲルは笑いをこらえているようだ。
ラムリーザはソニアの手を取って立ち上がらせたが、ソニアは溝に足を取られたままだ。
「ぬ、抜けないよ、ふえぇ……」
「やれやれ、しょうがない奴だな」
「先に行ってるぞ」
ソニアの足元に屈みこんだラムリーザをそのままに、リゲルはロザリーンを連れて先に会場へ入っていった。
「ほら、抜けた。これで大丈夫――って、ぬおっ」
ラムリーザが立ち上がろうとした拍子に、ソニアの大きく突き出た胸に下から頭をぶつけてしまった。その勢いでソニアはふらついて、また尻餅をついてしまうことになった。
「ラムの馬鹿っ、ふえぇ……」
「す、すまんすまん」
再びソニアを起こすために手を伸ばしながら、全く難儀な胸だな――ラムリーザはあらためてそう思うのだった。
会場内では、いつものグループが出来上がっていて、いたるところで雑談が行われていた。
ソニアがいつもどおり食事を堪能しているので、ラムリーザたちのグループは自然と食卓付近を定位置にしていた。
「えっと、リゲルのご両親はどこ?」
ラムリーザは早速話を切り出した。まずはリゲルの親に会わなければならない。
「父ならあそこにいる――って、お前、何をする気だ?」
リゲルはギロリとラムリーザを睨みつける。やはり親との仲は悪くなっていたか。
ラムリーザは、リゲルとロザリーンの並びをあえて崩さないように歩幅を合わせた。今日は――少しだけ、二人を当たり前みたいに隣に立たせてみたかった。
「挨拶しに行こう、ロザリーンもおいで」
「待てっ、お前っ……。――ったく……」
ラムリーザがロザリーンを連れていくと、リゲルも仕方なく後を追うのだった。
ソニアは一人、鶏料理にかぶりつき、ほちょん鳥のから揚げまで平らげている。今回は付いてこなくていいので、ごちそうを十分に堪能していればいい。
よく見ると、リゲルの父親は誰かと話をしていた。見たことのある顔――ポッターズ・ブラフ地方の首長だ。これは都合が良い。
ラムリーザは二人に挨拶をして、次にリゲルとロザリーンをそれぞれ紹介してみた。すると、思わぬ方向から返事が返ってきた。
「君がリゲル君か。ローザがお世話になっているようだな」
誰だろう、感じの良い好青年という雰囲気だ。ここに来ているということは、同じ学校の生徒かな?
ロザリーンと同じ明るめの茶髪を短く整えた、少し優しそうで、それでいて真面目そうな男性だ。なんとなくロザリーンに似ている気がした。
「ん、そういうことになるな」
リゲルの普段通りの冷めた対応にも、ユグドラシルは軽く笑いながら応じた。その笑い方だけで、この男性が場の温度を変えるタイプだと分かった。
「そう固くならなくていいさ、リラックスリラックス。自分はローザの兄、ユグドラシルだ。リゲル君、よろしくね」
彼は挨拶の手を差し出すとき、先に相手の目を見て、空気ごと柔らかくした。
「よろしく」
リゲルは素直に挨拶を返して手を差し出す。ロザリーンの兄なら、見下す対象にはならないといったところか。
しかし、ラムリーザはロザリーンに兄がいることをこれまで知らなかった。聞いた話では、ラムリーザたちより一つ上で、同じ学校の二年生だそうだ。
「君は誰だい?」
ユグドラシルは、今度はラムリーザのほうへ興味を向けた。
「ふっ、やはりそうなるか」
リゲルはユグドラシルの反応に、少し笑いを浮かべた。しかし、それも仕方がない。この地方では、ラムリーザはまだ無名に近い存在だった。
「え? 知ってないとまずい? ん~、ん~……。いや、やっぱり初対面だ。自分やばい?」
「安心してください、初対面です。僕はラムリーザ・フォレスター。この春、ここに来たばかりです」
ラムリーザは、ユグドラシルがこれ以上不安にならないように、ことさら初対面だと強調して自己紹介した。
「ラムリーザくんね。フォレスター……、フォレスターって、ひょっとしてあのフォレスター?」
「『あの』が何を指しているかわからないけど、父はラムニアス・フォレスターです」
ユグドラシルが少し慌てた様子を見せたので、ラムリーザは父のことを口にしてみた。
「帝国宰相! うーわ、大物! ローザ、君はこんな人と知り合ってたのかよ」
「落ち着いて兄さん、こんな人って、ラムリーザさんは面白くて頼りになるし、友達に慕われているいい人ですよ」
「ふーん、ローザは恵まれているなぁ。それで、ラムリーザくんとリゲルくん、どっちが本命?」
「どっちが本命って、そんな……」
ロザリーンは、ラムリーザのそばにやってきていたソニアを目にして口ごもった。ソニアはいつの間にか食事をやめていたらしく、彼女の強い視線は、ラムリーザを本命だと言えば攻撃する、とでも言いたげな光を宿していた。
ただ、右手に持ったままの骨付き肉が、ソニアをなんだか妙な雰囲気にしている。
「あれ、また新しい人だ。そっちの、え~、その~、お~、胸が――すごい存在感というか、不自然なくらいの子は誰?」
ユグドラシルの口調が怪しい。ソニアの胸をどう表現するか言葉を探していたようだが、うまく表現できなかったみたいだ。そして残念ながら、ひねり出した表現もよくなかった。
「不自然な胸って何よ!」
ほら出た。ソニア得意の大声。初対面でも容赦がない。相手が一つ年上だと分かっても、臆することはない。
「うおっと、怖い怖い。そのー、大きすぎる……ダメだ」
ユグドラシルは、ソニアの胸を的確に表現できない。言いかけた大きすぎるという表現も、おそらくアウトだろう。
「もういい!」
当然のごとくアウトだった。
ソニアは怒ってそっぽを向いてしまった。こうなると、ラムリーザが助け舟を出すしかない。
「落ち着け。はい、深呼吸。そして挨拶、はいっ」
「すー、はー、すーは、はー。ソニア・ルミナスです」
「ユグドラシル・ハーシェル。で、このでか……い娘は何?」
「僕の恋人です。将来結婚します」
ラムリーザは、ここにリリスがいたら「でか娘?」と突っ込んでくるだろうなと思いながら、ソニアとの関係をそのまま語った。
そのラムリーザの言葉に、さっきまで不機嫌だったソニアは、ぱあっと顔を輝かせてラムリーザに寄り添ってきた。
「なんだぁ、ラムリーザくんには先約がいたのか。ローザも残念だな」
「残念だなんてそんな、私は気にしていません」
ロザリーンは、相変わらずソニアの視線を気にしながら言葉を選ぶ。ラムリーザ絡みになると、ソニアは賑やかになるから仕方ない。
「しかしすごいな、ラムリーザくんの恋人か。何? 大臣とか帝国騎士団長とか?」
「こいつはすごくない。ただの使用人の娘だ」
「うるさい!」
ユグドラシルの間違った推論をリゲルが正し、それに対してソニアは不満をぶちまける。事実なのだから、仕方ないだろうに。
不機嫌になったり愉快になったり、本当に感情表現が豊かな娘だ。
こうしてラムリーザは、リゲルの親にロザリーンを紹介したが、食いついてきたのはロザリーンの兄のほうだった。まだ話は始まっていなかったらしい。
目的のはずの紹介は終えたのに、狙ったところには当たっていない。
けれど、ユグドラシルの軽口だけが、妙に場に残った。まるで最初から、彼が主役として入ってきたみたいに。