ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


彼女は試験勉強をしない

帝国暦九十二年 真藍の月・星々の日(現代暦:六月下旬)

 月初めの週末、本来ならオーバールックホテルでパーティを行うことになっていたのだが、翌週から定期試験が始まるということで、今回は中止となっていた。

 定期試験は学期ごとに二回行われ、今回は中間試験にあたる。

 

 シャングリラ・ナイト・フィーバーでの「ラムリーズ」のデビューライブから一週間が過ぎていた。「ラムリーズ」は好評で、ジャンからも「定期的に参加してほしい」と言われるほどだった。ただし、学校との兼ね合いもあるので、参加するのは主に週末ということにしてもらった。

 むろん、ジャンからの要望もいくつかあった。そのうちの一つは、ラムリーザにとって少しばかり悩ましいものでもあった。

「あのなぁ、ラムリィ。お前は忘れているかもしれないけど、クラブの常連にはお前のファンもいるんだ。だから何曲か歌ってくれよ。ほら、去年も何曲か歌っただろ」

 ラムリーザは、グループの主軸をソニアとリリスの二枚看板に据える構想を持っていた。しかしジャン曰く、そこにラムリーザ自身も歌ってほしいという要望が入ったのだ。

 そこで今後は、自分も歌に参加できるようなレパートリーを増やしていこうと考えるのであった。方針としては、一人につき最低一曲はリードボーカルを担当できる形にしていくことだ。

 

 そんなこんなで一週間が過ぎたある日のことだった。

 ライブの余韻も、ジャンの要望も、とりあえずは頭の片隅に置いたまま――。

 普通に学校に通い、普通に授業を受け、部活で練習し、普通に帰る。とくに大きな出来事もなく、淡々と日々が過ぎていった。そして、季節は本格的に夏に入り、日に日に暑くなってきていた。

 制服の衣替えもあり、男子はベストを脱いでカッターシャツだけになり、ネクタイも不要になった。

 女子もベストを脱ぎ、ブラウスも半袖に変わった。
              
ソニアがラムリーザに、制服について文句を言う場面
「うーむ、夏になるとそのはだけた胸が涼しそうでいいじゃないか」

「ブラウスなんて着たくないのに……」

 ソニアは胸が極端に大きく、リリス曰く「Jカップ様」なので、身体の大きさに合わせたブラウスを着ると、胸が収まりきらないのだ。上から二つほどボタンが留まらず、油断していると気がつかないうちに三つ目のボタンが外れていたり、はじけ飛びそうになったりする。

「乳袋付きのブラウスを、特注で作ってもらったらいいんじゃないかな?」

「何よチチブクロって、気味が悪い……。あ、ブラウスもだけど、夏になったんだから裸足も許可されればいいのに」

 ソニアは、制服に対していろいろと不満タラタラである。ブラウスだけでなく、制服指定のサイハイソックスを履くのも嫌がっている。制服をここまで嫌がる娘も、珍しいといえば珍しいのだろうか。

 それに対してラムリーザは、いつも「風紀監査委員に怒られないようにしろよ」とだけ言うのだった。

 

 パーティが中止になった週末、休み明けから定期試験が始まるので、ラムリーザはテーブルに教科書を広げて復習していた。

 一方、ソニアはテレビゲームの真っ最中である。この春に買ったギャルゲー「ドキドキパラダイス」が、まだ全員攻略できていないので、この休みのうちに一人攻略しておこうというわけだ。

 リリスやユコがラムリーザを取ってしまうのではないか、という不安がなくなってからはプレイをやめていたのだが、今になってなぜか、残りの登場ヒロインも攻略しようと考えていた。

 このゲームは、ソニアが最初に幼馴染キャラ、先輩キャラ、悪友キャラを攻略してからしばらく放置されていたのだが、ここ最近になってラムリーザが、おとなしい後輩の女の子を攻略していた。まあその影響で、リリスに「教官と呼べ」などと謎めいたことを言い出していたのだが。

 というわけで、ソニアは残った二人のうち、クラス委員の優等生を攻略することにした。

 休み明けから定期試験だというのに、ラムリーザがページをめくる音を聞きながらも、ソニアは一度も教科書に手を伸ばそうとはしなかった。

 ラムリーザは、中学までとは違って高校では試験の結果が悪いとどうなるのかを知らなかったので、今まで通りソニアの好きなようにやらせていた。そもそも去年までは同じ屋根の下に住んではいたが、一緒の部屋で過ごすことはそれほど多くなかった。だからソニアの勉強などは、全然気に留めていなかったのだ。

「ラム、次はクラス委員の優等生を攻略するよ。なんかロザリーンみたいだね」

 確かにロザリーンは優等生のお嬢様で、クラス委員を引き受けていて、ソニアが今回選んだ攻略ヒロインと立場が似ている。

「ソニアも優等生になってくれたら、僕も助かるんだけどな」

 ソニアはラムリーザのつぶやきには特に何も答えずに、ゲームを進めている。

 しばらく部屋の中では、カリカリというペンの音と、カチャカチャというコントローラーの音、そしてのんびりとしたゲーム音楽だけが流れていた。

「ねぇ、ラム。髪の毛をサラサラしたい?」

「は?」

 突然ソニアは、ラムリーザのほうを振り返って問いかけた。

「そうだな――」と言いかけて、待てよ、とラムリーザはあることに気がついた。というより、画面を見たことで、ある出来事を思い出したのだ。

 ゲームの画面には、主人公が攻略対象らしい女の子の髪に触れている場面が映し出されていた。つまりソニアは、以前ラムリーザに電話ボックスで雨宿りを強いたことみたいに、またゲームのイベントを実際にやろうとしているわけだ。

 そこでラムリーザは、ソニアの問いかけに乗った形で、否定するようなことを言ってみた。

「そうだな、綺麗な黒い髪を触ってみたいかな」

 ゲーム画面の女の子は黒髪である。それでいて、ソニアの髪の毛は青緑色である。

 ラムリーザは緑色が好きなので、今の言葉は嘘なのだが、ソニアの脳裏には、いつも自信満々な黒髪の美女の誘うような顔が浮かんだ。

「むー……髪の毛黒く染める!」

「やめろ……」

 そして、再びラムリーザは勉強を、ソニアはゲームを黙々と進めていった。

「あ、メロンパンが食べたいな。ラム、買ってきて」

「自分で行ってこい」

 ラムリーザは顔も上げず、画面を見ることもなく短く答えた。

 そしてまたしばらく沈黙が続いたあと、ソニアが不満げな声を上げ始める。

「ちょっと何この優等生、何か態度が怖くなったんだけど!」

「何か嫌われるようなことでもやったんだろ?」

「知らないよ、手帳を拾ってあげただけだよ?」

「勝手に読んだんだろ?」

「ちょっとだけ……」

「見られたくないことが書いてあったら、そりゃ怒るわ」

「でもこの人、怒っているというより性格変わったんだけど」

「知らんがな……」

 そして再び沈黙。部屋には、またペンの音とコントローラーの音、ゲームの音楽、それに女の子の声だけが聞こえていた。

 その後も、何度かソニアの問いかけがあったが、そのたびにラムリーザは「知らんがな」と、適当に相槌を打つだけだった。もっともソニアも、特に返事が聞きたいわけじゃなく、ただ話しかけたいだけのようで、ラムリーザのきちんとした回答を求めている感じではなかった。

「ラムって、猫かぶりする女ってどう思う?」

「信用できな――じゃなくて、知らんがな……というかソニアも勉強しようよ」

 ソニアの度重なる質問攻めに、ラムリーザはいい加減うっとうしくなり、一緒に勉強するように促した。

 しかしソニアは、「あたしは勉強しなくても点が取れるから」と言い張り、言うことを聞かずにゲームを続けていた。

 中学までは、確かにそれで何とかなっていたのだ。だからこそラムリーザも、強く言い返すことができないでいるのだった。

 

 それからも、ソニアの問いとラムリーザの「知らんがな」の応酬は何度も繰り広げられ、それは週明けからの三日間、試験が終わるまで続いた。

 なお、試験が始まってからも、家に帰れば部屋の中には同じ音が流れていた。

 そして試験が終わるとともに、ゲームのほうも終わったようで、ソニアは黒髪の優等生と無事にゴールインできたようだった。なお、ゲーム内のプレイヤーキャラの名前はラムリーザである。

「ラム、カメさんのことを思ってくれる人ができたよ」

「そうか、それはよかったな」

 ソニアの机の上に残ったのは、開かれないままのノートと、コンプリートされたセーブデータばかりだった。

 ゲームの攻略対象である女の子とカメさんがどう結びつくのか、ラムリーザにはわからなかったが、こうして初の定期試験は終わった。

 ゲーム機を切ると、静まり返った部屋に、夕暮れのチャイムが遠くから聞こえてきた。攻略を終えた満足感に浸り、ソニアはラムリーザの肩に頭を預けて、小さくあくびをする。

 画面の向こうのハッピーエンドとは裏腹に、机に残された真っ白なノートが、迫りくる現実の結果を冷酷に示しているようで、ラムリーザは少しだけ不安になった。

「……ソニア、本当に大丈夫だったよな?」

「んー……知らんがな……」

 今度はソニアがラムリーザの言葉を真似て、幸せそうに目を閉じる。

 窓の外では、夏の虫の声が少しずつ勢いを増していた。波乱の予感を残したまま、短い休みが幕を閉じた。