ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
休みの計画と、ちょっとヒミツな新曲
帝国暦九十二年 真藍の月・鍛冶師の日(現代暦:七月上旬)
今週の初めから行われていた三日間の定期試験が終わった。
帝立ウェストウィルド学院高校の試験科目は、語学・数学・歴史学・古典学・地理学・化学・生物学・物理学・世界史・宗教学の十科目。それらを三日かけて受けることになっている。
そして試験が終わると、週末までは学校も休みになった。
「やったー、終わったーあっ」
ソニアは声を張り上げて大きく伸びをし、リリスは黙ったまま大きくため息をついた。
「それで、手ごたえは?」
「ばっちり!」
ラムリーザの問いに、ソニアは力強く答える。だがその瞳はラムリーザを直視せず、どこか遠くを見つめているようでもあった。
「それならいいけどな」
ラムリーザは、ソニアの目つきが気になったが、それ以上は問いたださずにいてあげた。そして、そういえばずっと一緒にいるわりに、ソニアと試験の話をしたことがなかったなと思い返した。そもそも、勉強自体、ラムリーザはそれほど興味を持っているわけではなかった。
部室の窓から入り込む風が、昨日までの張り詰めた空気をさらっていく。
ラムリーザたちは、今日の部活を「この休みをどう過ごすか」を話し合う場にすることにしていた。
そう決めたとき、リゲルは「雑談部なら帰る」と言ったのだが、ロザリーンに「親睦を深める機会じゃないですか、リゲルさんも楽しみましょうよ」と諭され、断れなくなって付き合わされていた。
「それでは、第一回部活レクリエーション企画決定会を開催します」
ラムリーザが適当に名づけた開会のあいさつで、話し合いが始まった。
「お前ら真面目にバンドを始めるまで、レクリエーションばかりやってたじゃねーか」
「はい、突っ込んでないでリゲルの意見からどうぞ」
「ちっ、……学校の裏山で昼寝」
リゲルは全然乗り気ではなく、適当に答えた。だがラムリーザは、「それだ」と言わんばかりにリゲルの案に賛同した。
「おっ、それ最高。採用!」
「「「「却下!」」」」
ラムリーザの採用宣言に、女の子たちは声を揃えて抗議した。
「なんだよもー、それなら安全策でロザリーンから」
「えーと、こういう時の定番って、カラオケとかですよね?」
「なるほど、カラオケかぁ」
「歌を歌うなら、セッションしない?」
「……それもそうだな」
ロザリーンの案は、リリスの代案で、なしということになった。
ラムリーザも、レクリエーションのときくらいは音楽から離れるのも悪くない、それが気分転換になると思った。
「次は、えーと、ソニア」
危険なところは早めに済ませておこうと思って、次はソニアの意見を聞くことにした。ソニアは何を言い出すか分からないところがある。
「遊園地!」
その答えは割と普通だった。
「一人で行ってこい」
「なによー……」
だが、リゲルはソニアの意見に速攻で反論したので、彼女は拗ねてしまった。
「じゃあそういうリゲルの意見はなんなのよ!」
「昼寝以外で」と、素早くユコが追加する。
「ならば海釣りだ」
リゲルは、自分は好きだがソニアが嫌がりそうなことを提案する。だがソニアは、「海!」と叫んで嬉しそうな表情をした。その顔を見てリゲルは、ソニアを喜ばせてしまったことに気づき、「ちっ」と舌打ちした。
「えーと、海? 海に行くってことで異議はないかな?」
ラムリーザは、一同を見渡して言った。提案したリゲルと、嬉しそうに賛同したソニアはもちろんのこと、ラムリーザと目が合うと、残りの三人も頷いて返す。
「俺は泳がずに釣りをするだけだぞ」
「それじゃあ、反対意見も出なかったということで、明日は海に行くことに決まりました。これにて閉廷!」
互いの案をからかい合いながらも、最終的には誰か一人の意見にまとまる。そんなやりとりにも、このメンバーの距離の近さがよく表れていた。
パチパチパチと拍手が上がる中、リゲルは一人「これは裁判だったのか?」とツッコミを入れ、ラムリーザは「こほん、えーと、みんな水着は持ってるよね」と話を逸らしてごまかした。
水着なら、プール開きのころに買いに行っている。学校の購買で買おうとしたら、ソニアの胸が収まるサイズの水着がなくて、ちょっとした騒ぎになったことが記憶に新しい。そして、その規格外の胸はソニアの衣装選びの邪魔をしていて、それを知っているからこそ、ソニアは服を買いに行くのを嫌がるのだ。
「って、そういえば水泳の授業で着てたな……」
「うん、買ったよ、大きいサイズのビキニ」
ラムリーザは、水着を買おうと決めた夜にソニアに見せてもらっていた。しかし前情報があったにもかかわらず、水泳の授業では、ソニアが実際に水着で動いていると、目の毒レベルだったのを思い出した。
その上リリスに「Jカップ様」と呼ばれているソニアに注目が行きがちだが、リリスもFからGカップサイズはあるのだ。むしろ、ちょうどいい巨乳はリリスのほうであり、ソニアは極端すぎる。ちなみにユコとロザリーンは並……などと、胸の大きさだけで女の価値を決めてはいけない。大きいのも小さいのも、愛で方が違うだけだということだ。
そういうわけで、明日は海に行くことに決まり、話し合いは終わった。
「そういえば、そろそろ夏休みですわね。皆さんは予定とか立っていますの?」
ユコは、一人キーボードをつま弾きながらラムリーザに聞いた。奏でるといっても、断片的に弾いているだけで、曲として完成したものではない。
片耳にはイヤホンが差し込まれていて、何か別の音楽を聞いているのかもしれない。それとも、時折ノートに何かを書き込んでいるところを見ると、楽譜作りでもしているのだろうか。
リゲルは、そのメロディーを聴いて訝しげな顔をしたが、そのことに気づく者は誰もいなかった。
「えっと、これは僕だけが考えている予定なんだけど、夏休みに入ったらすぐに合宿へ入って、自動車の免許を取ってしまおうと思っているんだ」
「ほう、それはいいな。俺も乗った」
「あなたたちは金持ちでいいわね。私は、親と相談しないと……ね」
ラムリーザの提案に、リリスはそう答え、ユコとソニアも頷く。ロザリーンも親と相談と言っているが、そちらはリリスたちと意味合いが多少違う。
「あのね、ソニアも一緒に頷いているんじゃないわよ。あなたはどうせラムリーザに出してもらうのでしょう?」
「俺はソニアの運転する車には、死んでも乗りたくないけどな」
リリスとリゲルにからかわれて、ソニアは不満顔になってしまった。
「なによー、あたしの車に乗れないって言うの? ウルトラCな運転を披露してあげるのに」
「それ、大事故になってるから……」
「まぁ、運転免許を持ってて損はないから、ぜひみんなで行けたら行こうよ」
「そうね、いざとなったらラムリーザに出してもらいましょう」
リリスが以前言った「頼りにしてます」の解釈が、徐々に拡大されつつあるのは気のせいだろうか。このままラムリーザは、リリスのパトロンと化してしまうのか。
そんなこんなで話に一区切りがつき、部室にはユコの奏でるメロディーだけが鳴り響いていた。
「うん、できた。こんなところかな」
ユコはペンを置いてノートを立てると、曲の前奏らしいフレーズを弾き始めた。キーボードの音はピアノに設定している。ユコの指先が鍵盤の上で跳ね、ピアノの音色が切なく、それでいてどこか甘く響き出す。
そして、「何気ない朝の光、ふたり影を並べて、またねと言うたびいつも胸の奥が騒いでた」と、曲の出だしを気楽な調子で歌い始めた。
「新しい曲だね」とラムリーザ。
「お前、何でそれを知っている?」とリゲル。
「あら、リゲルさんも知ってますの?」というユコの問いに、リゲルは「いや、知らん。どうやら聞き間違いのようだ」と否定した。
早速ボーカル争奪戦を始めるソニアとリリス。テーブルに右肘を叩きつけて腕相撲を挑むソニアだが、リリスはそれには乗らず、鞄からトランプを取り出した。
「楽譜は完成しましたので、後でコピーを取って配りますわ」
「ああ、それはいいけど……」
ラムリーザは、ユコのノートを手に取ったリゲルが、神妙な面持ちでそれを眺めているのが気になった。
「……リゲルは何か思うところでもあるのかい?」
リゲルはラムリーザを手招きして、みんなから少し離れた所に行った。そしてラムリーザのほうに顔を寄せ、小声で話しかけた。
「これは18禁のエロゲソングだ」
「なんだそりゃ……」
ラムリーザは、リゲルが手にしているユコのノートを覗き込んだ。それは五線譜ノートで、それぞれのパートを示す音符が並び、繊細な文字で歌詞が書かれていた。
「なんでユコがこの歌を知っているのやら」
リゲルは、楽譜とそれを書いたユコを交互に見ながらつぶやいた。
「まぁ、とりあえず気にせずに、僕たちは音楽のことだけ考えよう」
ラムリーザからすればごく普通の歌だから、特に気にするところはない。エロゲソングだと言われても、卑猥なことを歌っているわけではないのだから。
それに、彼女の歌声は驚くほど透き通っていて、元がそういう曲だということさえ忘れさせるほどに純粋だった。
こうして、ユコの用意した新しい曲の練習が始まった。
リゲルは、「この曲の裏事情も知らないのだろうな」とでも言いたげな顔で、笑みを浮かべたままソニアとリリスの二枚看板を眺めながら演奏していた。
そしてしばらく経った頃、ソニアが席を立ち、リゲルの陰になるようにラムリーザのすぐ傍に移動した。
「どした?」
「なんかリゲルがニヤニヤしながらこっち見ていて怖い……」
「ぬ……もうちょっと離れてくれ、手が当たる。それで、歌はどっちが歌うことになった?」
とりあえずラムリーザは、リゲルの意図することがわかっていたので、ソニアから聞いたことについては触れないでおくことにした。
「ん、本番までに勝負方法を決めることにして、今日はまだ決めてない」
「そうか、トランプは避けろよ」
ラムリーザは、少しだけソニアにアドバイスしてやった。この先も、トランプの勝負でボーカルを決めていたら、全てリリスが歌うことになってしまうだろう。いちばん無難なのは、ラムリーザが担当を割り振っていくことだろう。
下校の時間までに、ボーカルを除いてそれなりにモノにできるところまで仕上がっていた。
ある種の才能を持った集団なのか、新しい曲の飲み込みは速い。テイクをそれほど重ねる必要はなかったのだ。
そしてこの日もまた、誰も曲の出自を深く追及することはなく、ただ新しい一曲として楽しげに鳴らし続けていた。
部室に響く最後の和音が、夕闇に溶けて消えた。
ラムリーズのレパートリーに、また新しい一曲が加わった日だった。
「明日、遅れないようにね。水着、忘れてはいけませんよ」
ロザリーンの言葉に、みんながそれぞれの期待を胸に帰り支度を始める。
窓の外、濃紺に染まり始めた空には、明日への約束のように星が瞬き始めている。
新曲の正体を知っているのは、たぶんラムリーザとリゲルとユコだけだ。
秘密のメロディを心にしまい込み、気分だけが少しだけ速まった歩調で、明日という名の海へ向かって歩き出した。