ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
海とビーチバレーと、ちょっと痛い出来事
帝国暦九十二年 真藍の月・月影の日(現代暦:七月上旬)
ポッターズ・ブラフは、海から離れた内陸部に位置する地方都市である。そのため、海に行くには、蒸気機関車なりバスなりの交通機関を使わなければ簡単にはたどり着けない。
そんなわけで、ラムリーザたちは駅前のバス停で待ち合わせをし、バスに乗って海岸近くまで行くことにしていた。
そしてバスの中で、ラムリーザはみんなに念のため聞いてみることにした。
「えっと、海が初めてという人はいないよね?」
ラムリーザの問いに、みんなは大丈夫だというように頷いた。
それならよしだ。初めてで戸惑われると、少し困る。
ラムリーザは、先月の一件――リリスにとって初めての人前での演奏が、思わぬトラブルになったこと――を、少しばかり気にしていた。
そして、ふとリリスと目が合う。
リリスがすまなそうな目をしていたので、ラムリーザは「いや、とくに気にすることじゃないさ」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。
バスで三十分ほど移動して、ラムリーザたちはポッターズ・ブラフから南に行ったところにある海岸にたどり着いた。
学校は休みになったが、世間では平日ということもあって、この時間の海岸に人はほとんどいない。所々岩場になっているが、砂浜はそこそこ広い。
女の子たちは、岩場の一つを拠点にして、そこで早速水着に着替え始めた。
一方、リゲルは最初から泳ぐつもりはなかったので、釣竿を抱えてさっさと岩場の先に行ってしまった。
「くれぐれも、気をつけて遊ぶんだぞ」
ラムリーザはそう言い残して、自分もリゲルの後を追って岩場を進んでいった。
「海だーっ!!」
ソニアは一人叫んで、青空の下の波打ち際に駆け出していった。
ソニアは、もともと服の下に水着を着込んできていたので、着ていたキャミソールとミニスカートとサンダルを脱ぎ捨てて、一番乗りで海に飛び込んでいった。ちなみに、ソニアの着ている水着は、緑色のビキニだ。ボトムには何の問題もないが、トップはJカップの胸を包み込むには少し頼りなく見える。そこはもう仕方がない。
「わぁ、海に入ると胸が楽だなー」
ソニアの大きな胸は、まるで浮き袋のように波間にぷかぷかと浮いている。
「それに慣れると、陸に上がったときに地獄を見るよ」
そう言ってソニアに近づいてきたのはリリスだ。紫色のビキニに身を包んだリリスも、それなりにプロポーションはいい。
ソニアに「ちっぱいちっぱい」と言われているが、それは「Jカップ様」から見ての話である。リリスも、少なくともFカップ以上はあると思われる。
残るユコとロザリーンは、ワンピースタイプの控えめな水着を身につけている。ソニアとリリスに比べたら、見た目は普通である。普通というのも味気ないが、比較対象が悪すぎるのだから仕方がない。
そして、しばらくの間、四人は砂浜と海を行ったり来たりして遊び続けていた。
一方その頃、リゲルは釣り糸を垂らして竿先を見つめ、ラムリーザはその傍らで仰向けに横になってのんびりしていた。ここだけ時の流れが、ゆっくりしているような錯覚に陥りそうになる。
「ラムリーザ、俺が言うのも何だが、せっかくあれほどの上玉をそろえてきておいて、別行動って、もったいなくないか?」
リゲルは、まるで自分は関係ないと言わんばかりの調子で、ラムリーザに問いかけた。
「んー、別に……。ソニアと一緒に住んでいるから、いろいろと麻痺してきているのかもしれんね」
「お前、あいつと同居してんのかよ……。まぁ、ありうるか」
ラムリーザがさらっと言ったことに対して、リゲルは呆れたように感想を述べた。
「あ、そうか、リゲルは知らないんだったな」
ラムリーザとソニアが同居しているのは、かなり早いうちにリリスとユコにばれていたが、どうやら二人はとくに周囲に話していなかったようである。
「あいつは同居までしているくせに、リリスたちに対してあんなに余裕がないわけか……、あほだな」
「それよりもリゲルも朴念仁みたいなこと言ってないで、彼女らと遊んできたらいいのに」
「冗談じゃない。リリスもユコも、お前のソニアも俺の趣味じゃない。というか、あいつらはお前のハーレム住人じゃないか」
「ロザリーンは違うよ」
「他は認めるんだな?」
「……リゲルの好みのタイプは?」
ラムリーザは、話の形勢が悪くなってきたので、さらっと話題を変える。
「うむ……」
「ロザリーンとか合いそうじゃない?」
リゲルは沈黙し、ラムリーザの問いには答えなかった。ラムリーザはリゲルが黙り込んでしまったので、大きく伸びをして目をつぶり、波の音だけを聞いて楽しむことにした。
海で遊んでいたソニアたち四人は、そろそろ身体が冷えてしまったというのもあって、水から上がっていった。
そして、次はビーチバレーをやろうという話になった。この海岸では、毎年ビーチバレーの大会が行われているらしく、砂浜にネットが置かれている。そのため、大会のない時はコートを自由に使っていいことになっていた。
「そうだ、昨日の新しい歌のボーカルの座を賭けて、ビーチバレーで勝負しない?」
リリスは、いい勝負の方法を思いついてソニアに言った。
「いいよ、じゃああたしローザと組む……、う……お、重い……」
ソニアは浅いところまで泳いでいき、立ち上がって水から身体を上げたとたん、その大きな胸を抱えてその場にへたり込んでしまった。
「何やっているのかしら」
「ふ、ふえぇ……」
リリスはくすっと笑って、ソニアの腕を引っ張って立ち上がらせる。ソニアは、そのまま涙目で胸を抱えて猫背で砂浜に上がっていった。
ソニアがロザリーンと組むと言ったので、とりあえずリリスはユコと組むことにした。ボーカル争奪戦については、ロザリーンは中立だが、ユコはリリスの親友でありどちらかと言えばリリス派だ。ということで、妥当な組み合わせとも言えるだろう。
ビーチバレーは、最初はソニアチームが優勢に試合を進めていた。
ソニアは大きな胸が邪魔だと言っているが、スポーツができないわけではない。というより、もともとスポーツは得意だ。ロザリーンも文武両道の優等生のお嬢様で、リリスも、ソニアに負けず劣らず運動ができる。ただ、このメンバーの中では、運動に関してはユコが見劣りしてしまう。
「ああっ、ごめんねリリス……。私のために迷惑をかけて申し訳ないですわ……」
「気にしないで。それよりも、向こうが打ってきたのは私が拾うから、次に攻撃しやすいように上げることに専念してくれたら、それでいいわ」
「そうですの? やってみます」
次第に、リリスが拾ってユコがパスをして、そしてリリスが攻撃するという形が整ってくると、試合の流れは緊迫したものになっていった。
「リリスたちも慣れてきたようね。ソニア、最初のリードを生かしてこのまま逃げ切るよ」
「う、うん」
ロザリーンの呼びかけに返事するソニアの顔色が悪い。胸を押さえてしかめっ面をしている。
「どうしたの、大丈夫?」
「む、胸が揺れて、痛い……」
「…………」
その会話が偶然聞こえたリリスは、目をきらりと光らせて、怪しげな笑みを浮かべた。
そしてリリスは、攻撃のポイントをとある点に集中させ始めた。ソニア集中攻撃――リリスの左腕から放たれる攻撃は、正確にソニアの正面を狙う。
ソニアは、左右に来たボールに対しては、片手を伸ばして容易に拾うことができるが、正面に来たボールはそうはいかない。大きな胸が邪魔で、正面で腕を組みにくいのだ。それで胸の下で腕を組むと、胸が余計に盛り上がって死角が生まれてしまう。
そのため、正面に来たボールを拾うのは難しく、そのうえ胸でできた死角にボールが飛び込んでくるせいで、ソニアは散々な目に遭い始めた。
「このぉ……、リリスの卑怯者ぉ……」
ソニアチームはリードがあったが、ソニアのミスでその差をどんどん詰められていく。
そしてついに同点に追いつかれ、逆転され、あと一点入ればリリスチームの勝ちという状況になってしまった。
ソニアは涙目になっているが、リリスは容赦せずにソニアの正面攻撃を続けた。
そして最後に悲劇が起こった。
リリスの放ったボールは、ソニアの腕で受ける前に、胸元めがけて深く食い込むように飛び込んできたのだ。
「痛い!」
大きな胸と腕の間にボールを挟まれる形になり、その衝撃でソニアは思わずその場にうずくまってしまった。ただでさえ揺れて痛かったところに、この一撃である。
「やったわ、これで新しい歌のボーカルは私ね」
額の汗を拭って勝ち誇るリリスと、うずくまったままぷるぷる震えているソニア。
「腕と膝をついてうなだれたら、orzになりますわね」
「片膝をついて頭を抱えてもらって、その後ろでガッツポーズして走ればホームランね」
リリスとユコの雑談に、とうとうソニアはブチ切れて泣き叫んだ。
「このちっぱい! ちっぱいちっぱい! ふええぇぇぇぇん!」
そして泣きながら、岩場で昼寝をしているラムリーザのほうに向かって駆け出していった。
「ちっ、うるさい奴が来た」
リゲルは、ソニアの泣き叫ぶ声がだんだん近づいてくるのを感じて、顔をしかめてぼやく。
それに対してラムリーザは、「何が起きた?!」と言ってガバッと身体を起こし、傍に来たソニアのほうに手を伸ばしてなだめようとした。
「……ひっく、あのちっぱい共が、あたしの胸を妬んで、ひっく……、ふえぇぇぇん!」
「落ち着け、胸を妬むって何だよ……」
気が付くと、全員岩場に集まっていた。
ラムリーザは、ソニアの頭を抱え込み、やれやれといった感じで集まってきたみんなを見て言った。
「さっきまで仲良く遊んでいたじゃないか、ソニアにいったい何が起きたんだよ」
「ソニアがビーチバレーでレシーブをうまくできなくて、拗ねてしまっただけよ」
リリスは、先ほど起きたことを淡々と答えた。弱点を突いたからではなく、ただレシーブがうまくできなかっただけ、ということにした。むろんラムリーザは見ていたわけではないので、リリスの言うことを信じるしかなかった。
「ち、違っ……。く、くそぉ……こんな胸なんかなかったら、リリスなんかに負けないのに!」
「何を物騒な――ほら、ぎゅっと抱え込むな、痛くなるだけだって」
ソニアは悔しさのあまり、自分の胸元をぎゅっと抱え込むように握りしめてしまい、ラムリーザは慌ててその手をそっと外す。
「だってえ……ぐすっ」
ソニアが危なっかしくて仕方なくて、みんなが見ている前だったが、ラムリーザはしっかりと彼女を抱きしめた。ラムリーザからしてみれば、「どうしてこうなった?」という気分だ。それでもソニアは、抱きしめられていることで、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「とりあえず、リゲルが釣った魚でも食べよう。適当に火をおこしておいてくれないかな?」
「わかったわ」
リリスたち三人は岩場を離れて枯れ枝を探しに行こうとしたが、リリスはふと足を止め、ラムリーザのほうを振り返って言った。
「私たちに働かせて、ラムリーザはソニアと抱き合っているのかしら?」
「……こほん、僕も行くよ」
ラムリーザは、リリスとユコとロザリーンを海岸の傍の林に向かわせ、自分はソニアと二人で、流木を集めに砂浜を回ることにした。
しばらくして、集まった枯れ枝や流木を使って、焚き火を始めることができた。
リゲルが釣った魚は、リゲル自身の手で手際よく調理されて串に刺され、焚き火の傍に並べられていった。釣り好きなリゲルは、その後の調理にも手慣れているようだ。
「いいか、魚はこうして遠火で焼くのだ。火はしっかりおこしておけよ」
「ん? その調理道具や串はどこから?」
「釣りに行くときはいつも持ってきている」
「そ、そうか」
「食べ終わるまでが釣り、それが俺の考え――っと、触るな、まだ早い」
ソニアが火にかけられている魚の串に手を伸ばそうとすると、リゲルは持っていた棒切れでソニアの手を弾いた。
「なによー、ひっくり返そうとしただけなのに」
「そんな短時間でひっくり返す必要はない」
口を尖らせて抗議するような目でリゲルを見るソニアを、ラムリーザは抱き寄せて焚き火から引き離す。
「リゲルに任せようね。ほら、パンはパン屋に聞けってやつだよ」
ラムリーザはそう言って、拗ねるソニアをなだめるのだった。
しばらく経った後、リゲルの「そろそろいいぞ」という許しを得て、各々焚き火の周りに刺してある魚の串に手を伸ばした。
「お魚おいしい」
ソニアは食事にありつけると、元気を取り戻していつものように明るい声でしゃべり始めた。
幸せそうな表情で焼き魚にかじりつくソニアを、リゲルは何か昔を思い出しているような、懐かしむような目をして眺めていた。
ソニアがその視線に気づいてリゲルのほうを見ると、リゲルは目を逸らして「ちっ」と舌打ちをした。そして、誰にも聞こえないような小声で何かをつぶやいた。
このときラムリーザは、リゲルが誰か別の少女の姿をソニアに重ねているようにも見えたが、それを深くは考えなかった。ただ、ラムリーザは魚の串を手にしたまま、しばらく口をつけようとはしなかった。
「ふーん、リゲルさんってこういった特技もあるのね」
ロザリーンは、リゲルの意外な特技に感心したように言ったが、リゲルは海のほうを向いたまま聞こえていないようだ。
「リゲルさん?」
ラムリーザに「呼んでいるぞ」と肩をつつかれて、リゲルははっと我に返った。そして、何事もなかったかのように、ロザリーンと会話を続けていた。
魚を食べ終わる頃には、ソニアの機嫌はすっかり元に戻っていて、リリスと雑談に興じていた。
「サバイバル生活ってのもおもしろいかもしれないねっ」
「無人島にキャンプに行くとか、かしら?」
「あっ、それいい。それいいかも!」
さっきまで喧嘩していたのが嘘のように、ソニアとリリスはまだ見ぬ冒険劇について夢のようなことを語り合っている。それは、先日みんなでやったゲームの世界にでもいるかのように思わせる。
ちょっとした食事会が終わった後は、誰からともなく、みんな砂浜に大の字になって横たわった。
そして並んで寝転がっている六人は、ただ静かにいつまでも夕日を眺めていた。
太陽が水平線の彼方へ溶け落ち、空は濃紫から深い藍色へとその色を変えていく。砂浜に並んだ六人の影は、潮が満ちるように夜の闇に飲み込まれていった。
背中に感じる砂の熱はまだ微かに残っていて、それが今日という日が存在した証のように思えた。誰も何も語らない。ただ、寄せては返す波の音と、誰かの規則正しい寝息だけが、この世界のすべてであるかのように響いている。
「……さて、帰るか」
ラムリーザのつぶやきに、誰かが小さく、名残惜しそうに鼻を鳴らした。
立ち上がったラムリーザの指先に、ソニアの温かい手のひらが一瞬だけ触れる。夏の夜風が、濡れた髪を優しく撫で抜けていった。
六人の夏は、まだ始まったばかりだ。
明日になればまた、新しい旋律が、この海風に乗ってみんなを呼びに来るだろう。